【無人島レポート】エピローグ

【無人島レポート】エピローグ

 「最後にひとつお願いがあるのですが」と担当者に伝えて宛名を書く。それから契約書にサインを済ませると2本の電子キーを渡し、店を出て徒歩で駅へ向かった。車を売ってしまうと、広島を出る現実味がまたひとつ増したように思えた。買ったのは2年前。引っ越してすぐの頃だった。短い間だったが、よく手をかけたし、よく走ってくれた。

 BMCがBMWに買収されたあと、ミニに起きた最大の変化はドアの数である。3ドアだったデザインが5ドアになった。この変更によって、ミニはクセの強い趣味の車からオシャレな実用の車へとイメージが転換し、広く市場に受け入れられた。というより市場をさらっていった。かつて日本で一番売れていた輸入車はフォルクスワーゲンのゴルフだったが、2016年から現在に至るまでミニの首位独走が続いている。

 しかし、5ドアの実用性が花々しく世に受け入れられた一方で、光と影が交差するように2016年に生産が終了したミニがある。3ドアの伝統を受け継ぐ役割を担うベーシックモデルのほかに、なぜか時流に逆行するかのように作られたいくつかの3ドアモデル。そのひとつがカントリーマンである。日本ではペースマンと呼ばれた。売るために作られたのではなく、作るために作られた。そうしたプロダクトは大抵その誕生に結末を内包しているが、引き換えに物語を生きる。メインストリームからはじき出されたものへの共感と賛辞。動機の一部はそこにあった。カトパンのジムニーとは、最後まで迷った。

 「そんなに遠くから?」と驚かれたが、近くに売っていないのだから仕方ない。すでに生産が終わった車を手に入れるための選択肢は少なく、私は神戸の中古車店を訪ねていた。4月を過ぎてスタッドレスを履いたままだったが、緑はおそらく近畿・中国・四国地方を合わせてもここにしかない。仕事はもちろん生活の足としても車はすぐに入り用だったので、数日後には契約を終えた。

 ナンバープレートの数字を指定すると、「32でもたぶん通りますよ」と店主に気にされた。確かに、32にしようとして少し外したようにも見える。いい人なのだろう。少し寂しそうな顔をされたが、「32にしたいわけじゃないんです」と応じて希望の番号を取ってもらった。アルミ製のプレートは何年もつのだろうか。野ざらしにしなければたぶんいけるだろうと思う。その頃には、いま生きている人は誰も残っていない。

 ある日、荷物が届く。それをカトパンに託して広島を後にする。無人島を後にする。 

(完)

おわりに
 長いあいだ、連載にお付き合いいただいたみなさまに感謝を申し上げます。ありがとうございました。私のレポートはこれで終わりますが、無人島の活動はいまも大きく広がり続けています。ぜひ、多くの方々に島にかかわっていただき、全員の力で100年先の子どもたちにも「メシが食える大人になるための無人島」を渡せたらと思っています。私は、花まる子ども冒険島が誕生した2020年から3年ほど開拓にかかわった、20世紀生まれの人間です。100年前から、こんにちは。

花まる学習会 橋本 一馬

 

昔々、あるところに

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