「無人島」という言葉に惹きつけられるのは、子どもだけではない。私の記憶に強く残っている、ある大人のエピソードを紹介したい。その人(Tさん)は、高濱さんの友人の一人として無人島に来た。高濱さんの友達はどなたもその業界の第一線で活躍されている方ばかりだが、Tさんもそうだった。物腰は柔らかく、知識は深く、話はおもしろい。大の大人でありながら少年のような好奇心を持ち合わせていて、とにかく「ごきげんな人」だった。一行が無人島で一泊して帰ったその数日後、広島に荷物が届いた。Tさんからである。無人島の旅をアテンドした我々に、お礼として贈ってくれた品だった。エピソードというのは、この贈り物についてのことである。
「あの人に何を贈るか」。これはとても大きなテーマだ。テストの点がよくても、お金をたくさん持っていても、いいプレゼントができるとは限らない。相手が喜ぶものを贈れるかどうかは、優しさや勇気と同様、数値化できない心のなせる業なのだ。だから、贈り物にはその人の心が現れる。
Tさんが送ってくれたのは、一本のウィスキーと一冊の文庫本だった。ラフロイグ。そして村上春樹のエッセイ、『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』。それが3つずつ。高濱さん、カトパン、私のぶんである。Tさんの添え書きによると、村上春樹が「もし無人島にお酒を持っていくならこの一本」というのが、ラフロイグなのだそうだ。ラフロイグ? うーん……わがんね。これは、こちらとしても腰を据えて受け取る準備をせねばならない。
数日かけて文庫を読み、普段飲まないお酒についても調べ、「ふむふむ」となった私はある晩いよいよラフロイグの栓を抜いた。とたんに、48度の蒸発気流に乗って香りが舞い上がり、あたりがピートのベールに包まれる。ボトルを傾けると、暗闇のなかでゆるく灯ったランプのような色をした液体が、トクトクトク、と期待を押し上げるように高まる音とともに流れ出し、そのままグラスへと滑り落ちていった。香りと色と音。お次はどいつだ~い? お味だよ!
ストレートで口に含むと、舌全体が静かな怒りを湛えたようにピリピリとした。刺激で味がとらえられない。素人には度数が高すぎるのだろう。そのまま飲むというより沁み込むようにウィスキーが喉に送られたあと、立ち昇った香りが鼻腔から抜けた瞬間、信じられないことが起きた。風景が見えた。おそらくこの酒が生まれた場所の。イギリスに行ったこともないし、気取っているのかもしれないし、すでに酔っているのかもしれない。でも嘘ではない。曇り空で、風が吹いていた。
そのお酒がどのくらいおいしかったかというと、カトパンが高濱さんのボトルを飲んでしまったくらいおいしかった。ラフロイグはお酒ではなく「体験」だった。Tさんがこれを一連の物語として贈ってくれなければ、もしたまたま街のバーで飲んでいたら、おそらく私には普通のお酒になっていただろう。こんな贈り物があるのか、こんな贈り方ができるのか、と思った。
ただ、文庫のどこを読んでも、ネットでいくら検索しても、「村上春樹が無人島に持っていくならラフロイグ」という話はとうとう見つけることができなかったことを最後に言い添えておかなければならない。また、それによってこのプレゼントの価値が私にとって少しも陰らなかったということも。Tさんの記憶違いなのかもしれないし、私に見つけられないだけなのかもしれない。「完璧な記憶などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」みたいな。
花まる学習会 橋本一馬
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花まる子ども冒険島
モノであふれた社会とはかけ離れた島、無人島。
今日を生き抜くために、頼りになるのは自分の心。
そこは、野外体験の究極の場となる。
強い『心』と自分の『目』を磨き、『自分の言葉』で語れる人に。
心と身体を強くする、花まる子ども冒険島が、いま始まる。
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