【無人島レポート-2021初夏-】ドラム缶風呂③

【無人島レポート-2021初夏-】ドラム缶風呂③

夕方。
結局、磯で調達できたのはカニだけだった。試合後のロッカールームに漂うような敗北感が、なくもない。軽いバケツを手に拠点に戻る。次はカニの試食を兼ねて夕飯の支度をするか、今回の目的であるドラム缶風呂を焚くか。

「お風呂にするか、ご飯にするか、それが問題だ」
というのは嘘で、本当は何も問題はない。ただハムレットのマネをしてみたかっただけだった。「お風呂にしますか?お食事にしますか?」というあの2択が成立するのは、風呂が沸いていて、米が炊けているのが前提での話だ。ここは旅館ではないし、我々は王子でもない。沸かす間に食べればいいのである。

そんなわけで、風呂沸かしに取り掛かる。しかし、ただ沸かせばいいわけではない。まずレイアウトを考える。ドラム缶をどこに設置するのか。テントからの近さ、雨天時の地面の水はけのよさ、注水と排水のしやすさ、などを話し合った結果、堤防沿いがベストだという結論になった。水源になる海が近く、安定したコンクリートの地面が利用でき、おまけに風呂に入りながら海と星が見える。

場所を決めたあとは、水汲みである。今回は、子どもが頑張れば持てるギリギリの重さを想定して、13ℓのバケツを用意した。これを2つ使うことで待機時間をなくし、私とカトパンでリレーする。海⇄階段⇄ドラム缶と、階段を中継地点にしてのバケツリレーだ。ドラム缶の容量を200ℓとして、肩まで浸かれて溢れない、ちょうどいい水量は2/3くらい?だとだいたい130ℓだから、13ℓバケツで10杯。いや、実際には満杯でリレーしないから12杯くらいか。1杯1分として、12分で汲み切る算段レディ、ゴー。非番の消防士が割と真剣に勝負しているくらいのスピードを意識してバケツリレーをした結果、我々の注水タイムは5分をマークした。早い。早すぎる。十万石饅頭。

そしていよいよ湯を沸かす。しかし、相手は100ℓ超の水である。焚火で沸かすのにいったいどれくらいの時間がかかるのか見当もつかない。今後のためにも、湯が沸くまでの時間を計っておくことにした。火が安定したところで、ストップウォッチをスタート。さて、次は夕飯の支度だ。

風呂の火から種火を移して炊事用の火を熾す。ナベにサラダ油。十分に熱したところでイソガニを投入。空腹の我々には、もはやそれが一品の料理であるかのような美味そうな音がして、カニの素揚げが完成した。火傷をしないよう脚をつまんで持ち、少し待つ。頃合いを見て揚げたてのカニを口へ放り込む。身はほぼないが、香ばしいカニの風味が口の中で広がる。ザクっとした食感の心地よさが終わらないうちに、すでに二匹目に手が伸びていた。うまい。うますぎる。十万石饅頭。

夕飯を食べながら、風呂が焚き上がるのを待つこと90分。カトパンが手で湯加減を確かめたあと満面の笑みを浮かべるのを見て、私はストップウォッチを止めた。謙虚なカトパンが順番を譲ってくれて、私が先に入ることになった。まだ太陽は残っていて、辺りは夕暮れで美しく染まっている。
海パン一丁になって、風呂脇の脚立に登る。天板に乗ったまま足先を湯につけた瞬間、「熱っつぅーん!」と思わず足を引っ込めた。手で湯加減をみた時と明らかに熱さが違う。磯を歩き回ったため、足先が冷えているのだろう。おそるおそる片足を湯に差し入れながら、温度に馴染ませていく。ひざまで入れたところで、足で湯をかき混ぜた。よし、いける。両手でドラム缶の縁を掴んで熱くないことを確かめると、そのまま風呂の上に体を浮かせる。「時は来た。それだけだ。」橋本真也が脳裏をよぎったあと、私はゆっくりと両腕の力を緩め、体を湯に沈めていった。

スノコが浮力で逃げようとするのを足で押さえ、板の中心を踏みながら静かに風呂の底に降りていく。じんわりとお湯の温かみが体を包み込み、疲れを溶かし始める。「嗚呼〜ぅ」と、よく言えば旅情を誘うような声が、有り体に言えば思わず漏れてしまったおじさんの歓喜が島に響き渡った。風呂の縁にもたれて空を見上げる。世界が一面夕焼けに染まっていて、ひたすらに美しい。目を閉じると、瀬戸内海独特の、湖のように穏やかな波音が繰り返すのが聞こえる。耳を澄ましているとそのリズムが自分の呼吸に重なり、体に染み渡っていって寝そう。今までこんな風呂に入ったことがあっただろうか。これは、風呂というよりもひとつの新しい体験だ。

入ってみてわかったが、海水風呂は思っていたより風呂としての違和感がなく快適だ。肌の感じはぺったりとべったりの間ぐらいで、不快なベタつきも残らない。虫刺されには少し刺激を感じるが、それがお湯の心地よさを妨げるようなことはなく、十分リラックスできる。早く入りたそうなカトパンを尻目に、つい長風呂をしてしまいそうだ。さて、そろそろ風呂から上がろうか、もう少しこのままでいようか、それが問題だ。 (終わり)

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