年の瀬も迫る十二月のある日のこと。その日は私の仕事納めでした。翌日から休みになるため少し夜遅くまで起き、妻と話をしていました。そしてそろそろ寝ようかという時間になったとき、妻から「破水したかも……」と告げられました。急いで病院に向かうと、妻はそのまま入院、まだ出産まで時間がかかりそうだということで私はいったん帰宅となりました。星のきれいな夜でした。
翌日、必要なものを持って再び病院へ向かいました。昨夜と同じように晴れた冬の空は澄んでいて、きれいな青がどこまでも広がっています。病院に着くと、すでに陣痛が始まっていました。陣痛に苦しむ妻と、言われるままに腰を押さえることしかできない無力な私との二人きりの分娩室。夕方になり医師と助産師が入ってこられ、午後六時ちょうどに男の子が生まれました。時間にして一、二秒だったと思いますが、産声を上げるまでに時間がありました。たったその一、二秒がとても長く感じられました。想像していたよりも細く高い産声を聞いたときの感動は、生涯忘れることはないでしょう。
すでに面会時間を過ぎていたため、しばらく三人の時間を過ごし、私は病院をあとにしました。夜道を一人歩いていると、いろいろな思いがこみ上げてきます。もうあと戻りすることは絶対にできない。自分の人生が終わったあとも続いていく命に対して、自分は責任を負っている。できる限りのことをしていこう。そんなことを考えていました。
それと同時に、年末で世の中が休みに入っているなかでも、当たり前のように対応してくれる人たちがいることに感謝しました。医師や助産師の方々にも、ご家族はいたことでしょう。年末年始にゆっくり家族と過ごす時間を返上して、対応してくださったのです。世の中がこうであることは、当たり前ではないと思いました。医師や助産師の方々はもちろんですが、その裏で働いていた方もいたはずです。そういった人たちの生活が成り立つように、当たり前に電車が走り、当たり前にコンビニは営業していて、当たり前に物流は動き、当たり前にテレビやラジオは情報を提供しています。その「当たり前」が支え合って、今日も誰かの命を救っている。そう考えると、そんな「当たり前」が奇跡のように感じられました。
世界を見渡し、歴史を振り返れば、この「当たり前」は「当たり前」でないことに気づきます。私自身がそう思うように、息子にもこの「当たり前」に感謝し、それを支えるような人になってほしいと思います。
妻は退院後、隣町に住む妻の実家でひと月ほどお世話になることにしました。大人になり、親元を離れ、自分で稼ぎ、税金や公共料金を支払い、自分たちだけで生活をしていると、もう一人前の大人になった気でいました。しかし、実際に生まれたばかりの赤子を両手に抱えてみると、何をどうしたらいいか何もわかっていない自分たちに気づきました。泣いたら泣いたで心配になり、泣かなければ泣かないで心配になる。便が出ない、げっぷが出ない、そんな小さなこと一つひとつが心配になり、両家の親や子育てをしている知人に相談しています。自分はこんなにも世の中のことをわかっていなかったのだと気づきました。「人は一人では生きていけない」とはよく言いますが、本当の意味でそれを教えてくれたのは息子でした。
名前は生まれた日の空の色と同じ「青」にしました。読み仮名は「あを」です。万葉の時代からある大和言葉から選びました。空の青や海の青、木々の葉や美しい鳥や花など、自然のなかに多く見られる色です。解釈の広い色でもあります。一方で、「未熟」という意味もありますが、大人になっても自分の未熟さを自覚し、人から学ぶ姿勢を忘れない謙虚な人になってほしいという願いも込めました。
まだまだ「寝る」「飲む」「泣く」しかできない息子ですが、私たち夫婦をはじめ親戚など周囲の大人や子どもたちを幸せな気持ちにしてくれています。どんな子になるか、成長が楽しみでもあり、いまの姿をずっと見ていたいような気もしています。
花まる学習会 山﨑隆