ある日の朝。妻は少し早めに仕事へ向かい、家には私と娘のAと二人きり。朝の家事は私の担当です。取りかかる前に、娘に声をかけました。
「A~! おとうさん、ちょっと1階でお仕事してくるね!」
「なんのお仕事?」
「Aの服をたたんだり、洗ったものを干したり。あ、それからお風呂も洗っちゃおうかな。たぶん20分くらい。その間に保育園の支度、やっておける? Aならだいじょうぶだよね~!」
「うん!」
「じゃあ下にいるね!」
さすがわが娘。もうお父さんがいなくても、自分で何でもできるんだな。“もうできる”という信頼と、“できてほしい”という期待。その両方を胸に、私は鼻歌まじりで1階へ向かいます。
気持ちよく家事を終え、颯爽と2階へ戻ろうとしたそのとき。階段を上る私の足音に反応したのでしょうか。2階から、聞き慣れない音が響きます。
「バタバタ、ガラガラ――ドン!」
引き出しを開ける音。そして、何かを慌てて隠すような音。 ただごとではないと、急いで階段を駆け上がると――。
そこには、平然を装い、ソファでテレビを見る娘の姿がありました。休日の私を見ているような、なんとも堂々とした態度です。……もしかして真似をしているのか。反省。 しかも、よく見ると服はパジャマのまま。それだけで、私の心はイライラモードに突入します。
「A! さっき約束したよね? お父さんが1階に下りたら何するって――」
そこまで言いかけて、私は言葉を失いました。
娘の頬に、チョコ。べっとりと、ついています。
どうやら一人になった隙に、棚の引き出しからチョコレートを出し、食べていたようです。口のまわりは慌てて必死に拭いたのでしょう。床には茶色くなったティッシュが転がっていました。 いかん、いかん。このままでは怒りが沸点に達してしまう。深呼吸をして、落ち着いて声をかけます。
「A。おかし、食べた?」
「……食べてない」
「このティッシュはなに? たくさん茶色いものがついているけど」
「わからない。ママのかなあ」
「ママの? いつも一生懸命お掃除しているママが、こんなところにティッシュを落とすかな?」
「……」
目には、いまにもこぼれそうな涙。
「A、お父さんとAでいつも話している、“いやだよね”って思うこと、三つやったんだよ。わかる?」
「……」
涙が、すーっと一筋、二筋、頬を伝います。
「一つ目は、うそをついたこと。二つ目は、約束をやぶったこと。三つ目は、誰かのせいにしようとしたこと。それが、お父さんは悲しいな」
わが家のルールは、ごはんをおいしくいただくために、おかしは父か母と相談してから食べることです。
「もう1回聞くね。おかし、食べた?」
「……うん。食べた」
「よし。正直に言えたね。大事なのは、繰り返さないこと。 この話はこれで終わり! またいっしょに公園でチョコでも食べるか!」
「うん! いつ行く? 今日? 明日?」
さっきの涙はいったいどこへ。本当に反省しているのだろうか。想いは伝わっているのだろうか。不安はよぎりましたが、いったんこの場では封印し、気持ちを切り替えました。
「よし! 着替えて、保育園に行くよ! 顔は、そのままでいっか!」
頬に残ったチョコの跡を消さずに保育園へ向かいました。
いつかまた、娘は勝手にお菓子を食べてしまうかもしれません。それは明日かもしれないし、一年後かもしれません。それでも、今日の嘘とその日の嘘はきっと、別のものです。 何が正解かはわかりませんが、とりあえず私は「信じて、伝えて」を繰り返してみようかなと思っています。それは、花まるの現場でも大事にしていることです。信じてもらえると、心は上を向きます。上を向いた心は、自ら伸びようとします。子どもたちの成長はどんなときも「信じてもらえる」から始まるのです。
信じて、伝えて。その繰り返しを「成長の軌跡」と呼ぶのでしょう。
花まる学習会 小林駿平