【花まるパパ社員のわが家の自由研究㉑】ピカソの自由研究③『わが子を挟んで3人で並んで』坂田翔 2026年2月

【花まるパパ社員のわが家の自由研究㉑】ピカソの自由研究③『わが子を挟んで3人で並んで』坂田翔 2026年2月

 わが家の話ですが、もうすぐ3歳になる長男は、来年度から幼稚園に通います。たまたま近所に素敵な私立幼稚園があったので、数か月前からそこにプレ保育で通っていました。
 ある土曜日、その園に願書を出し、考査としての簡単な面接を受けました。「幼稚園受験」というほどの準備が必要なものではなく、本当に簡単な面接だと思っていたので、長男に初めてブレザーを着せて、かわいいねえ似合うねえと言って、道中ただただ呑気に、るんるんした気分で行きました。
 面接は、園長先生と理事長先生の2名と、両親のみが参加するものでした。長男は別室で、園の先生たち3人を独り占めで遊ぶだけ。なんだ、わが子を挟んで3人で並んで座るのを期待していたのになあ、と少しだけ肩透かしを食らいました。

 挨拶もほどほどに、理事長先生から質問を受けました。「お子さんとの日々の暮らしのなかで、一番かけがえない瞬間は、どんなときですか? ひとつだけ教えてください」というものでした。
 よくある質問だとは思います。それでも、言われた瞬間、頭のなかには長男との思い出が一気にあふれてしまって、思わず目に涙が溜まり、「ひ、ひとつですか、ちょっと待ってください」と言ってしまいました。

 数秒して、私から話し始めました。
「息子は最近、言葉を自由に使いはじめました。花を見て、『このお花、かわいいね、向こうにもあるね』と言ったり、サクサクしたものを食べて『きれいな音だね』と言ったり、感じたままに表現するようになりました。あ、言葉が発達して嬉しいとかではなくて、彼にとってこの世界はなにもかもが新鮮で、いつでも心が動いているなあと思って、そのすべてが愛おしいのです。すみません、ひとつでは言えないのですが、彼の心の動きのすべてが、私の幸せです」

 そんなことを、泣くのを我慢しながら話しました。理事長が一拍置いて、「素敵ですねえ…」と反応をくれました。
「ありがとうございます。いま妻も同じ顔をしている気がします」と言って隣を見ると、私なんか乾いているんじゃないかというレベルで、想像の上をいくボロ泣きの母親ができあがっていました。
 次は、そんな妻の番です。
「最近、パジャマのボタンを自分でとめたり、トイレに自分で行きたがったり、自分から服を脱いでお風呂を待っていたり、できることがいっぱい増えてきていて、成長しているんだなあと、ひとつずつ嬉しい気持ちもあるんですけれど、でも、幼稚園に行ってしまうのが、私は寂しいです」
と、私の横で大泣きしながら、たくさん詰まりながら、つながった長い一文で話しました。
「だから、ひとつにはできないのですが、全部かけがえのない瞬間です」
と言って、一応は質問に答えたことにした妻でした。

 帰り道は、妻と「いい時間だったね」と語りながらでした。「ね、同じ顔してたね」「幼稚園の面接で、幼稚園に行ってしまうのが寂しいとか言っちゃったね」なんて言って、どこか満たされた気持ちで帰りました。
 面接は思っていた形式ではなく、簡単なはずが両親ともにうまく答えられない問いを受けましたが、わが子を挟んで3人で並んで、こうして歩いているいまが幸せだなあと、またひとつかけがえのない瞬間が増えたのでした。

 「伸ばします」と預かり、できるようになったことをともに喜び、思春期には「心が育ちましたね」と子離れを勧める。私たち花まる教室長があたり前にやるべきことではあります。でも、きっとそれだけでは、「正しそうな何か」で終わってしまうでしょう。
 つたない発音の言葉や、ひとつに何分もかかる生活所作、照れや恐れや疲れで簡単に甘えてくる頼りなさ。そんな、一度乗り越えてしまえばもう帰ってこないような、育つ前のかわいさと育ってしまう寂しさに、いちいち心を動かす「親」という存在が、子を挟んだり包んだりして、ずっと支えている。

 「ひとつの瞬間」としては表せない、大きな波としての、親の愛。寄せては返し、荒ぶりもするけれど、それでも海は、偉大です。
 私たち「預かる側」が本当に想いを馳せていたものの正体は、子どもの成長や幸せの背景にある、そういういろいろなカタチの親の愛、そのものだったのだと気づいたのでした。

花まる学習会 坂田 翔

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