【花まるコラム】『真剣勝負のその先に』町田光優 2022年7月

【花まるコラム】『真剣勝負のその先に』町田光優 2022年7月

 スタッフとして参加した野外体験で、花まるサムライ合戦をおこないました。子どもたちは刀を持ち、太ももには命の代わりの紙風船を装備し、サムライになりきります。敵を全員討ち取るか、総大将を討ち取れば勝利。最終的に一番多く勝利ポイントを獲得した軍が天下統一=優勝です。
 激戦の2日間を終えて、3日目の最終戦。子どもたちだけが参戦する「子ども総大将戦」がおこなわれました。私の軍の総大将は、5年生のIでした。人柄は柔和で誠実。非常に頼りになる存在です。Iと仲の良い6年生TもIを信頼していたため、Iが総大将になることに賛成していました。
 それまでの経験を活かし、総大将を守りながら戦う子どもたち。そして終盤に試合が動きます。なんとTが敵の総大将を討ち取りました!大きなポイントが入り、順位は1位に。
「よっしゃー!」
天下統一に向けたチャンスを手にし、 子どもたちは拳を高く上げました。しかし、ここでホイッスルが響きます。なんと、Tが敵の総大将を討ち取る直前に、総大将Iが敵軍から逃げている最中に転んでしまい、自分の風船を割っていたのです。総大将の風船が割れた軍は、敗北。つまり、Tが総大将を討ち取ったこと自体が「無し」になりました。
 合戦は終了し、別の軍が天下統一を果たしました。そこには、試合を終えた子どもたち同士の、お互いに健闘を称え合う姿がありました。全力を尽くした結果を素直に受け入れ、笑顔で前を向く姿に、大きな成長を感じました。

 迎えた最終日。作文を書く時間に異変がありました。あと一歩で敵将を討ち取ったはずのTが、総大将Iが転んで負けてしまったことを思い出し、あふれる怒りと悔しさを堪えるように泣いていました。Tを別室へ連れて行くと、畳んである布団に顏を埋めました。
「悔しい気持ちはわかるよ。本気だからこそ悔しいんだよな。でもTが総大将を討ち取ったのは、すごかった。Iが転んじゃったことも同じだよ。Iが総大将として責任を持って全力で戦っていたからだよ。もしTが総大将でも同じことが起きたかもしれないよ」
そう話すと、
「俺だったらそんなことは絶対しない!!」
Tが怒りを込めた強い口調で言いました。
「俺だったら…俺だったら…! あいつが転ばなければ、俺が総大将を倒して逆転できたのに! 最後のサムライ合戦なのに! 俺はいつもこうなんだよ! いいこと一つもない! 人生最悪だよ…」
Tの負の気持ちが次々に噴き出します。このままでは埒が明かないと思い、Iの言葉が必要だと考えました。Iを呼びに行き、Tのことを伝えました。Iは「Tと仲直りしたい。でもTが怒っていて話しかけられない」と言うので、二人でTのもとに向かいました。

 IがTの居る部屋へ入ります。しかしTの表情は変わりません。
「リーダーはIがこの軍の総大将として一番適任だったと思っている。でもIはTとこのままで終わりたくないんだ。だからIからTに謝る。それは、仲直りのためだ」
IがTをじっと見つめ、
「総大将なのに、転んで負けてしまってごめん」
Iは迷いなく謝りました。少し沈黙が流れます。どうなるか、これで良かったのか、いろいろな気持ちが渦巻きます。そして、Tが口を開きました。目には力が入りながらも、泣き疲れてちょっと枯れた声でした。

「来年は勝てよ」

TがIにバトンを託した瞬間。私はTの内に秘めた熱い気持ちとIを想った優しさに触れられたことがとても嬉しく、最後には3人で泣きました。班のメンバーで集まると、もういつもの自然な笑顔に戻っていました。

「もめごとはこやし」
野外体験では、こういったさまざな葛藤を乗り越える場面がいくつもあります。それは何ものにも代えがたい経験として、大きな心の糧になると私たちは信じています。改めて、花まる学習会が教育理念として掲げている「魅力あふれるモテる人」「メシが食える大人」を目指して、たくましい心を育てていく教室長でありたいと思いました。

花まる学習会 町田光優(花まるだより2022年7・8月号掲載)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

花まるコラムカテゴリの最新記事