以前、講演会の直後にひとりのお父さんが質問に来ました。
「うちの娘は、よくファンタジーを読んでいる。楽しんでいるようだが、そんなものばかり読んでいたら、現実に向きあえなくなるのではないか? 将来、現実逃避の癖が身についてしまうのではないか? もっと、現実的な内容の本を読んだほうがいいと思うのだが…」
多かれ少なかれ、このような考えを持つ人はいるのではないかと思います。
曰く、ファンタジーは「絵空事」であり、現実とは違う。そんなものばかり読んでいたら、そのときは楽しいかもしれないが、この厳しい現実の世の中に向き合って生きていけなくなってしまう、ということです。
こんな質問が来たとき、私はあえて強い口調でおこたえするのですが、これはまったく逆なのです。時代を越えて受けつがれてきたファンタジーは、人間世界の普遍的な問題、この現実の「真実」を描いています。善と悪、共生と対立、生きる意味、幸福、人間愛…。その「真実」とは決して目に見えるものばかりではありませんが、そのような現実世界の本質の部分を真正面から、魅力的な登場人物や心躍るストーリー設定で描いたものが、ファンタジーという形式なのです。
つまり、むしろ力のある数々のファンタジーを読むことで、この現実の世界を力強く生きていく視点を得ることができるのです。
傑作ファンタジー『ゲド戦記』シリーズで有名なアーシュラ・K・ル=グウィンは、著書のなかで次のように述べています。
「ファンタジーは子どものための物語の形として、子どもの本質に根ざした、もっとも自然なものだ。なぜ、そう言えるのだろうか? 子どもたちはたいてい現実と非現実の区別がつかないからか? 子どもたちには現実からの「逃避」が必要だからか?
そのどちらでもない。現実から意味を汲みとるために、子どもたちは想像力をフルタイムで働かせているから、そして、想像力による物語こそが、その仕事をするための最強の道具だからだ。」
(『いまファンタジーにできること』アーシュラ・K・ル=グウィン 著)
■ファンタジーはたくさん読んでほしい
自著のブックリスト「冒険・ファンタジー」には、ほかの項目と比べてあえて多めに本を掲載してあります。どれも、各年代に自信をもっておすすめできる傑作ばかりです。
先述のル=グウィンによる『ゲド戦記』は、言葉と世界の関係など、非常に深遠で多彩なテーマを持った作品。『モモ』や『はてしない物語』に代表されるミヒャエル・エンデの作品も、さまざまな示唆に満ちた奥深いストーリーです。ファンタジーの最高傑作とされるJ・R・R・トールキンの『指輪物語』は、何かを得る旅ではなく、大いなる力を持ってしまったものたちが、それを「捨てに行く」という物語。現代社会にも通じるあらゆるテーマが内包されています(さすがに長大なシリーズではあるので、その前日譚である『ホビットの冒険』から読むのがおすすめです)。
日本でも、『だれも知らない小さな国』(佐藤さとる)や『木かげの家の小人たち』(いぬいとみこ)などの古典に始まり、異世界で「この世界でいちばんたしかなもの」を探す少年の旅を描いた『二分間の冒険』(岡田淳)など、優れたファンタジーは多くあります。
スクールFC 平沼純
『ゲド戦記』アーシュラ・K・ル=グウィン 作/ルース・ロビンス 画/清水 真砂子 訳/岩波書店
『いまファンタジーにできること』アーシュラ・K・ル=グウィン 著/谷垣 暁美 訳/河出書房新社
『モモ』ミヒャエル・エンデ 作/大島 かおり 訳/岩波書店
『はてしない物語』ミヒャエル・エンデ 作/上田 真而子・佐藤 真理子 訳/岩波書店
『ホビットの冒険』J・R・R・トールキン 著/瀬田 貞二 訳/岩波書店
『だれも知らない小さな国』佐藤 さとる 作/村上 勉 絵/講談社
『木かげの家の小人たち』いぬい とみこ 作/吉井 忠 画/福音館書店
『二分間の冒険』岡田 淳 作/太田 大八 絵/偕成社
🌸著者|平沼 純
教育心理学を研究し、「自分の視点を持って考え、力強く生きていく力の育成」を目指して教育の世界へ。国語を専門とする学習塾で読書・作文指導などに携わったあと、花まるグループに入社。現在、小学生から中学生までの国語授業や公立一貫コース授業のほか、総合的な学習の時間である「合科授業」などを担当。多数の受験生を合格へ導くとともに、豊かな物語世界の楽しさ、奥深さを味わえる授業を展開し続けている。
■著書紹介
『子どもを本好きにする10の秘訣』(実務教育出版)
著者:平沼純・高濱正伸
>>>書籍の詳細はこちら
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