以前、ある教育雑誌のインタビューで小学生にすすめる本を紹介した際、「子どもに命の大切さを教えられる本をお願いします。できれば、感動的な泣けるタイプの話で―――」と言われたことがありました。
正直なところ、この言葉にはかなり違和感を覚えました。そして、次のように答えました。
「いや、子どもに命の大切さを教えられるような本なんてないですし、泣ける話で子どもがよくなるなんてこともありません。だって、生きることと死ぬことって本当に深い問題で、よく考えるとまだわかっていないこととか、言語化できていないこととかも多いですよね。大人目線の感動を押しつけるような話で、安直な『答えらしきもの』を子どもたちに教えることなんてできないです。…そもそも、子どもに何かを教えるために本を使うっていう発想を変えたほうがいいと思いますよ」
たしかに世間には、子どもたちに「命の大切さ」「家族の大切さ」「友情の大切さ」「夢を持つことの大切さ」などを伝えるために書かれたと思われる本も多く出回っています。そして、そのような類の本が学校の課題図書に選ばれることも頻繁にあります。そんなとき、決まって帯には「感動」「必ず涙する」「温かい気持ちになれる」といった言葉が並びます。
■押しつけられると本嫌いになる
しかし、何か特定の「効果・効用」を得ることを目的とすることは、特に子どもの本には似つかわしくないと感じます。そもそも本当に良い本とは、安直な言葉でまとめられるものではなく非常に多義的なテーマを持っているもの。しかし、残念なことに、本というものを何かの「教具」として見て、子どもに特定の力や道徳観をつけさせようとする考えが、世間にはかなり広がっています。「泣ける話を読めば子どもがやさしくなる」という発想も、その一端でしょう。
大人の側が、「子どもに大切なことを教えるために本を読ませよう」と意気込んでしまえば、本を読むことがとたんに「道徳的義務」と化してしまいます。そしてそうなってしまった瞬間、子どもは本からますます遠ざかっていきます(実際、先述のような本を子どもたちはあまり好んで読んでいません。私自身も子どものとき、そのような本はどちらかというと嫌いでした)。
アメリカの女性生物学者レイチェル・カーソンの著書である『センス・オブ・ワンダー』には、子どもに何より必要なのは、「神秘さや不思議さに目を見はる感性」であると述べています。そしてこれはそのまま、子どもと読書という文脈でも当てはまります。
「子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。残念なことに、わたしたちの多くは大人になるまえに澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直感力をにぶらせ、あるときはまったく失ってしまいます。
もしわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない『センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性』を授けてほしいとたのむでしょう。」
子どもたちに必要なのは、「感傷」ではなくて「感受性」。知ることの前に、まずさまざまなものを「感じ取る」ことが大切であるということ。
自分のまわりに広がる世界をよく見て、何かを深く感じ取れれば、自ずとそれについて「知りたい」という欲求が生まれてくるものです。何かの知識を増やす以上に、さまざまなものを心に深く感じ取れる感受性を、子ども時代にこそ養ってもらえればと思います。
大人目線での感動を押しつけたり、あれこれと徳目を教えこもうとしたりするのではなく、この世界の神秘や不思議に目を見張り、心から驚きを感じ、自分で考えつづけていきたいと思わせることが大切なのです。
スクールFC 平沼純
※『センス・オブ・ワンダー』レイチェル・カーソン 著/上遠 恵子 訳/新潮社
■著書紹介
『子どもを本好きにする10の秘訣』(実務教育出版)
著者:平沼純・高濱正伸
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