「うちの子、小さい頃から車とか電車が大好きだったんです。それで、『ずかん・じどうしゃ』とか『はたらくじどうしゃ』なんかはもうすり切れるまで読んでいて―――。道を歩いていて近くを車が通ると、指をさして大喜びで叫んでましたね」
いまでも車や電車が大好きな、5年生のある男の子のお母さんが語っていたことです。これと似たようなことは、多くのお母さんが経験しているのではないでしょうか。
子どもは、本のなかに描かれているものが現実と結びついたとき、大きな喜びを感じます。そして、読書を通じて、目の前に広がる現実世界を切り取る視点を身につけていくのです。
その意味で、読書という間接体験と、自分の五感をとおしてさまざまなものを感じ取る直接体験、両方の往復運動が大切ということになります。
どちらがより大切かということではなく、両方を充実させることで、相乗効果が期待できます。よく言われるように、実体験が読書をよりよくし、読書が実体験をよりよくしていくのです。
■実体験をよりよくする読書
自然の神秘と美しさを見事に表現した、ユリ―・シュルヴィッツの『よあけ』というロングセラー絵本があります。
山に囲まれた、夜明け前の静かな湖畔が舞台。徐々に湖にもやが立ちはじめ、カエルの飛びこむ音や鳥の鳴き声が聞こえてくる。湖畔で眠っていた老人は孫を起こし、ボートで湖へと漕ぎ出す。そして少しずつあたりに光が満ちていき、ついに太陽が姿を現して湖は一気に輝きを放つ―――。
自然が見せる一瞬の美しさ、使い古されていない朝の空気、音、時間の流れまでも感じ取ることができる、まさに五感すべてに訴える力を持った稀有な絵本です。
決して派手な仕掛けや心沸きたつ冒険の要素などがあるわけではありませんが、厳かな雰囲気を演出して読み聞かせると、子どもたちに不思議なインパクトを与えます。
読み終わったあと、ひとりの男の子が「山中湖にキャンプに行ったときも、こんな感じだった」と言っていました。自分で実際に見たことと、本で味わったことが結びついた瞬間だったのです。
私たちは、まわりに広がっている風景を、普段は「当たり前」だと思って見すごしています。
しかし、本をとおして得られた視点で、そこからさまざまなものを読み取ることができます。
そして、その逆もまた然り。実体験をとおして考えたことが読んでいる本のなかで出てきて、「ああ、あのことだ!」と思える瞬間もあります。
本と実体験を結びつけることが、何より大切なのです。
スクールFC 平沼純
※『よあけ』ユリ―・シュルヴィッツ 作・画/瀬田 貞二 訳/福音館書店
■著書紹介
『子どもを本好きにする10の秘訣』(実務教育出版)
著者:平沼純・高濱正伸
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