【花まるコラム】『午前3時の車旅』田畑敦子 2021年6月

【花まるコラム】『午前3時の車旅』田畑敦子 2021年6月

 子どもの頃、年末年始や夏休みはほぼ毎年、両親の実家がある和歌山県で過ごしていました。毎回、父が運転する車での帰省だったのですが、出発は午前3時。埼玉県の家からひたすら高速道路を走り、祖父母の家につくのは早くてお昼過ぎくらいでした。午前3時に起きる、ということがとても特別な、秘密めいたもののように思えて毎回ドキドキしていた気持ちと、午前3時の空気の冷たさや空の暗さを、いまだに鮮明に覚えています。
 もちろん、車に乗ったらまたすぐに眠りについていたのですが、ふと目を覚ましたときに見える、空が明るくなっていく様子が面白くて、窓の外の景色を眺めるのが好きでした。出発したときは東京の都会のビルが立ち並ぶ風景ですが、だんだんと緑が増えてきていつしかまわりは山ばかり。日本地図なんて頭に入っていないのに、父に「今何県走ってるの?」と何度も何度も聞いていました。関東はあっという間に抜けるのに、静岡はなかなか抜けられないこと、大阪をでたらすぐに和歌山に着くことなど、身をもって体感していたように思います。
 車酔いがひどかったため、車のなかで本を読むことができなかったのですが、母が流すCDを聞いて歌ったり、兄と一緒にすれ違う車のナンバーで計算対決をしたり、景色を見たり、車の中でできる遊びを楽しんでいました。

 中学生のとき、理科の授業で「部屋のガラスが鏡のようになり、室内の様子が映るときはどんなときでしょうか?」というようなことを先生から聞かれました。どういう状況か想像し考えていると、ふと車に乗っていたときのことが思い出されました。午前3時に車に乗ったときに、自分の顔がガラスに映っていたこと。そして、車がトンネルに入ったときにも、自分の顔がガラスに映っていたこと。
 そうか、外が暗いと室内の様子が映るのか。そう考えた私は、自分の体験をもとに発表しました。すると先生から「よくそこに気がついたね」とほめられました。
 何気なく体験していることが、知識に結びつくのか、と私はこのとき初めて気がつきました。そう考えると和歌山への車旅は私にたくさんのことを学ばせてくれていました。
 都道府県の位置関係はもちろん、休憩のために立ち寄ったサービスエリアで買ってもらったご当地キティちゃん(これを集めるのが大好きでした)や、お土産コーナーを見て、その土地の有名なものを知ったような気がします。
 学校の勉強に直接つながったかと言われれば必ずしもそうとは言い切れませんが、学校で何か学ぶたびに自分の経験と結びつけられないかを考えるようになったと思います。本を読んだときにも、自分の経験を思い出すことで、物語をイメージする手助けになっていました。

 先日、年長クラスでぶんぶんゴマの実験を行いました。ぶんぶんゴマに色鉛筆で模様を描き、コマを回すと模様がどのように見えるか予想をします。そして実際に回してみて、結果を確認するという授業でした。ぶんぶんゴマに点を描いて回すと、点がつながり、模様は線に見えます。半円を描いてコマを回すと、模様は円に見えます。それを知識として教わるのではなく、自身で体験するからこそ学びになるのです。
 最初の予想の段階では、ぶんぶんゴマに描いた模様のまま、回しても模様は変わらない、と予想した子がほとんどでした。ただ、やっていくうちに模様が変わっていく、ということに気づいた子もいました。この気づきのタイミングは子どもたちによって様々ですが、「実際に体験をしたこと」は今後必ず知識と結びついてくることでしょう。
 体験することは、知識を身につけたり考えたりするうえで、欠かせない土台になります。体験をするのに遅すぎる、なんてことはありません。体験してみて、発見したことをことばにして、「こうするとこうなった!」という実感を得る。そして原理などを知識として学んだときに「そういうことだったのか!」と腑に落ちる。こうして学びというものは深まっていきます。教室で子どもたちが取り組む一つひとつのものごとが、いつか何かを考える手助けになりますように。

花まる学習会 田畑敦子


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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