花まるパパ社員のわが家の自由研究、5回目のコラムです。
野外企画などでお会いする保護者の方から、「どうして娘さん(長女)の彼氏は水ようかんを持ってきたのですか?(第2回コラム参照)」「娘さん(次女)は結局、足袋屋さんになったのですか?(第3回コラム参照)」と聞かれるようになりました。私のコラムを読んでいただき、本当に嬉しく思います。
あるお父さまから、「水ようかんの謎をぜひ、次のコラムで書いてください」と懇願されましたので、書かせていただきます!
先日、わが家にきた長女の彼氏に聞きました。そうしたら、「お店で一番大きい箱のお菓子が30個入りの水ようかんだったんです」と申し訳なさそうに言っていました。ちなみにその半分くらいを、彼氏がわが家で食べてしまいました(笑)。
では、本題に。
長女6歳(年長)、次女3歳(年少)の頃の出来事です。その日は12月で外に出ると息は白く、厚手の上着がないと身体の芯まで冷えてしまうような日でした。その日、私と妻は前々から知り合いに頼まれていた新聞配達をすることになっていました。自分たちの住んでいるマンションだけですが、大きな棟が2つあり、配る部数は100を超えていたと記憶しています。慣れない私たちは、朝3時に起きて2つの棟に分かれて配達をすることにしました。指先や足先はすぐに冷たくなり、走らなくてもいいのに、身体を温めるために小走りで配達をし、1時間くらいすると東の空がうっすらと明るくなりはじめて、「急がなくては」と焦りながらもなんとか終えることができました。
配達を終えた私と妻は、1階でエレベーターを待っていました。8階で止まっていたインジケーターを確認し、ボタンを押すと、下におりてくると思っていたエレベーターが上にあがっていきます。「誰か上に行ったのかな?」と思いながら、寒い身体を動かしながらインジケーターを見つめていました。エレベーターは14階まで上がってから、しばらくして降りてきました。3階くらいにエレベーターが降りてきたときに、子どもの泣き声が聞こえてきました。どこかで聞いたような泣き声です。もしかしてという不安が湧くのと同時に、エレベーターが1階に到着しました。扉が開くと、長女と次女が泣きながらエレベーターに乗っていました。
次女は、パジャマの上に毛布を羽織っていましたが、裸足でした。長女は靴はちゃんと履いていましたが、パジャマだけでした。私たちの姿を見た二人はさらに大きな声で泣きはじめました。とりあえず、エレベーターに乗って14階の家まで戻り、何があったのか聞くことに。
温かい飲み物を飲ませて、少し落ち着いたのを確認して長女に聞いてみると、
「起きるとお父さんもお母さんもいないので、わたしたちを置いてどこかへ行ったと思った。だからすぐに妹を起こして、毛布をかぶせて追いかけた」
という内容でした。寒いから次女に毛布をかぶせてくれた優しさ、でも靴を履くところまで見ることができないくらい慌てていたのだと思いました。妹を守らないといけないという姉妹愛を感じることができました。その日はもう少し寝ようということになりましたが、起きて二人の布団を見ると砂だらけでした。私たち夫婦も慌てていて、足を拭いてあげるのを忘れていたことに気がつき、大笑いしました。
いまでもエレベーターから子どもの泣き声が聞こえてくると、このことを想い出して胸がきゅんとしてしまいます。そして、家族みんなで話して「あのときは……」と笑い合うのです。
子どもが小さい頃は成長などで感動していました。子どもが大きくなっても昔の話をして大笑いできることが幸せな時間です。何歳になっても成長している娘たちには感謝しかありません。
さて、次回は「娘二人の子育てを振り返って大事だったなと思うこと3つ」をお届けします。
花まる学習会 箕浦健治