【花まるコラム】『責任と決意と信頼と』此﨑忍

【花まるコラム】『責任と決意と信頼と』此﨑忍

 「俺、頑張る…」
4年生のAくんが、戦場へと向かいます。サマースクール「サムライの国」、ここで、彼の戦いが始まります。

 サムライの国は、命がわりの紙風船を太ももにつけ、スポンジの刀を手に、お互いの風船を割り合う合戦をおこなうコースです。一つの宿が一つの軍。軍の勝利を目指して戦う姿は真剣そのものです。サムライ合戦では、大将が大事な役割を果たします。大将の風船が割られると、その軍は敗退。大将の風船は絶対に割られてはいけません。相手軍大将の風船を割るために陣を組んで挑みます。基本的には宿責任者である宿長がこの大役を務めます。しかし、合戦中1回もしくは2回、その大役が子どもに譲渡されます。それが子ども大将戦です。30人強いる子どもたちのなかから1人だけ選ばれる大将。責任は重大です。子ども大将の選出基準は宿によって、コースによって異なりますが、このときは各班のリーダーを務めるスタッフに「この人なら任せられる」と思う子を選出してもらい、そのなかから、当日の合戦の動きを見て、宿長が決めました。
「今回の子ども大将はAくん!」
宿長の声が響いたとき、Aくんは「まさか自分が選ばれるとは」と思っているかのような表情。彼の責任感の強さを信じての任命でしたが、彼には責任が重くのしかかっていたようでした。大将の羽織を着るときも顔はこわばっていました。緊張がこちらにも伝わってきます。

 各軍から選ばれた子ども大将は一度集合して写真を撮ります。そこへ向かうまでの間に宿長からかけられた
「大丈夫、やれるよ!」
に対しての、冒頭の「俺、頑張る…」ということば。控えめな声とは裏腹に凛々しい表情。大将として頑張る決意が固まったようです。

 さぁ、合戦開始です。Aくん率いる黄色軍に対して左から赤軍が攻めてきます。じわりじわりと陣を進めてくる赤軍に対して守りを固める黄色軍。赤軍の攻撃隊が攻めてきました。応戦する黄色軍。防戦一方のなか、大将を守ります。右を見ると、今度は緑軍も攻めてきています。完全に追い詰められた状況。
「ピピッ!」
審判の笛が鳴り響きます。Aくんの風船をチェックする審判。わずかに穴が空いていました。ここで惜しくも敗退かと思われたそのとき、風船を割った攻撃が縦振り(腰より上から刀を振ってはいけないルール)だったため、無効となったのです。九死に一生を得たAくん。仕切り直しとなりました。

 仕切り直しになったとはいえ、戦況が厳しいことは変わりません。先程の赤軍、緑軍の猛攻で、黄色軍の軍勢はかなり削られ、Aくんの護衛もあとわずかです。合戦再開の笛とともに黄色軍に押し寄せる赤、緑の両軍。また厳しい状況になりました。このままジリ貧で負けてしまうかというときです。Aくんは意を決して飛び出しました。待っていては割られるだけ、割られないためには逃げるしかない。相手の刀をかいくぐりながら逃げるAくん。大将が敗れてはいけないという強い気持ちから、全力で走りました。ここで相手を倒したら劇的なのですが、ドラマのようにはいきません。懸命に奮闘するも、Aくんの風船は割られてしまいました。軍を勝たせられなかった悔しさをにじませるAくん。肩を落として本陣に戻ると、「頑張った!」と健闘を称える仲間たちに迎えられました。彼は一人ではなかったのです。軍のために頑張っていたことはみんながわかっていたのです。

 合戦である以上、勝利にこだわることは間違いありません。ただ、大将としての責任感、たとえ負けても一人のせいにしないチームワーク、子どもたちが成長する場があればそれでいい。子どもたち一人ひとりに芽生えた気持ちをこれからも大切にしていきたいと強く感じました。

花まる学習会 此﨑忍(2023年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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