【花まるリビング㊶】『本能のままに書く作文』勝谷里美 2024年12月

【花まるリビング㊶】『本能のままに書く作文』勝谷里美 2024年12月

 11月に、「作文コンテスト」がありました。今年もきっと素敵な作品がたくさん生まれたのではないでしょうか? 3学期にお渡しする文集を、どうぞ楽しみにお待ちください。

 さて、わが家の小学2年生、長男の作文事情。1年生のとき、花まるの授業で自由奔放な作文を書いていて、「こういうタイプか!」と笑い半分おののき半分の気持ちを抱いたのを思い出します。
 こんな感じでした。

「ふしぎ」
 こめのいね 一ぽんに100つぶ ふしぎ。

「たのしいな」
 たのしいな あーあー こわくない。

 それから1年。これは学校で書いた作文なのですが、こんな感じです。

「キャッチボール」
 キャッチボールをパパとしました。すごくたのしかったです。りんごあめも食べて帰りました。

 少し、「定型」にはまった作文を書くようになってきました。この変化の要因は? 幼児性が少し抜けたこともあるでしょう。また、いわゆる「文章を指導される」経験を積んだことが一因かもしれない、と思っています。
 2年生になり、学校で文章を書く宿題が出るようになりました。そこでの指導内容が、
・いつ、どこで、だれが、何をしたか、を書きましょう
・五感に注目して、書きましょう
というもの。
 それ自体は本当にその通りで、五感に注目すると、その子の物事の「観察」の解像度があがるので、とても大切です。ただ、わが家の長男の場合は、「それだけ書けばよい」と解釈し、そのルールに引っ張られて、結果、1年生のときのような「自由奔放さ」「爆発力」はなくなってしまったように感じます。

 花まる学習会の作文は「呼吸をするように書く」を目標にしているのですが、実は人生のなかで意識せず思うがままに筆を動かせる時間って案外短いのかなぁ、と長男を見ていて感じました。文字を覚えて自分が書きたいことを書けるようになってから、成長してまわりを意識するようになり、ある種「型」へと寄せていくようになるまでの、その間。

 もちろん、年齢を重ねても、「呼吸をするように書く」ことは可能なのですが、やはり、成長に応じて少しずつ理知的な視点も入ってくるでしょう。無邪気に、ただただ想像力を爆発させられる時期、10歳ぐらいまでにいかに“自由に”書く経験を積むか、花まるの作文の時間の貴重さを改めて感じた出来事でした。

 さて、なかなか長男の「爆発力のある作文」が見られなくなり、ちょっと寂しい思いもしていたのですが、久しぶりに「やってくれた!」と思う作文に出会いました。

 花まるオンラインでの「夏期特別授業」。「五感を使おう!」という作文指導を少しだけのぞいてみたら、「夏休みの話かな~、運動会の練習かな~」と題材に悩んでいたので、(おっ、どんな作品ができるかな?)と楽しみにしていたのですが、授業後に読んだ作品がこちら。

「かんそうぶん」
 チゅうチゅうどおりのお話です。
 ある日きんきゅうの手がみがとどいて三ビキの
 ガードマンがきて
 ぢつはガードマンがドロボウで、
 チゅうチゅうどおりのみんなが
 ドロウのことをおしえて
 ドロボウがつかまって
 こんやわパーティーになったお話です。(原文ママ)

 「五感はどこにいった!」と突っ込みどころ満載でした。なぜか、『チュウチュウ通りのゆかいななかまたち』という実際にある絵本についての感想になっています。

 (なぜ、こうなった)と思いをめぐらせます。(子どもの突拍子のない言動の裏を予想する親は、探偵ばりの洞察力が求められますよね……。)そして、答えを見つけました。夏期授業のテキスト、「映像化」のところに「俵はごろごろ」という詩が掲載されているのですが、その、「ちゅうちゅう鼠はにっこりこ」という一説に引っ張られたようです。チュウチュウネズミつながり……!

 久しぶりに、長男の「書きたいという気持ちありき」で、本能のままに筆を動かしてできた作品を読んだ気がしました。五感を使って書かなきゃ……というのも、きっと頭のどこかにあったのでしょうが、「ネズミのことを書きたい」という欲求には抗えなかったのかな。それもこの時期にしか書けない作文。貴重な一枚になりました。

花まる学習会 勝谷里美


🌸著者|勝谷 里美

勝谷里美 花まる学習会の教室長を担当しながら、花まる学習会や公立小学校向けの教材開発や、書籍出版に携わる。現在は、3児の母として子育てに奮闘中。著書に『東大脳ドリルこくご伝える力編』『東大脳ドリルかんじ初級』『東大脳ドリルさんすう初級』(学研プラス)ほか

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