いつもは一つの事例を深掘りし、そこからインスピレーションを受けた絵本を紹介させていただいているこのコラム。今回は、最近、うちの子たちが手に取っている本からのエピソードです。
2歳10か月 次女
比較することではないのですが、上2人の同じ月齢の頃と比べてしまうと絵本を手に取ることが少ない次女。上2人には欠かさずしていた寝る前の読み聞かせも、なかなかできていません。
ただ、最近気づいたのは、「お話(ストーリーのあるもの)」はあまり聞きたがらないが、「赤ちゃん絵本」のような色や形だけのもの、単純な繰り返しがあるものは、自分から手に取りがち、という点です。『いただきまあす』という本は、くまの男の子がごはんを食べようと奮闘する本。ページ数も文字も少ないですが、繰り返し自分で開いています。
よく観察すると、くまくんと一緒に「やっちゃったー」という顔をするのを楽しんでいたり、絵のなかの食事をぱくぱくと食べる真似をしたり。その絵本とともに躍動している次女の姿がありました。
これは、1歳~となっている本。親としては「2~3歳向けの本にも挑戦してほしいなぁ」という気持ちがどこかあるのでしょう、図書館で次女に選ぶ本も、「ちょっと上の年齢のものを」という基準で選んでしまいがちだったのを反省しました(おしゃべりが早かったので、だったらこれくらいの本も読めるかな? という変な期待も反省)。これは、絵本に限らず、いろいろな場面でやりがちな落とし穴かもしれません。親側の「ちょっと挑戦してほしい」よりも、目の前の子どもが、いま何に躍動しているか(好んでいるか)を、世の中の基準ではなく、見たままのものから判断しよう、という戒めの事例でした。
小4 10歳 長女
最近、少し読書をする機会が減っていた長女が、めずらしく「学校で読んで続きが気になるから買ってほしい」と言ってきた本。いろいろな国に住んでいる「9歳」の子が直面している問題について触れられています。学校に行けず働いている子、戸籍がない子、爆弾によって足がない子……。そんななか、日本の子の悩みは「食べ物の好き嫌いが多くて怒られる」。
思うところがあったのでしょう、花まるのオンライン教室のその週の作文に、「(日本の子の悩みは)ほかの国とくらべたらしょうもなくみえてしまいます。」と、感想を書いていました。
で、ここからが、子育ては一筋縄ではいかないなぁ、と思うところ。では、長女が「好き嫌いをしなくなった」かというと、まったくそんなことはありません。嫌いなものは食べない、お菓子でおなかがいっぱいでごはんが食べられない、なんてこともあります。「想いを馳せる」ことと、「自分事として、行動変容につなげる」のは、別……(大人でも、難しい部分ですよね)。
食べ残しを注意したくても「作文でこんなこと書いていたよね!?」と突き詰めるのは高学年女子にはきっと逆効果、と思い、ぐっとこらえながら「世の中には、ごはんを食べられない人もいるんだよ」と言葉を投げてみます。
実は、わたしは、この言葉には思い入れがあります。なぜなら、やっぱり自分が小学校高学年のときのこと、自分の母親とみそ汁の食べ残しのケンカになった際、同じことを言われて、
「だったら、このみそ汁をその人にもっていってあげればいいじゃん!」
とへらず口をたたいたことを鮮明に覚えているからです。
なぜ、忘れていないのか。改めて思うと、あれは、私が明確に「母親を傷つけようと意図してはなった、最初の言葉」だったからな気がします。言ったあとに自分でも衝撃を受けて、だからこそ忘れていないのでしょう。そして、時がたち、いま私はそのとき母から伝えられたことと同じことを、自分の娘に伝えたいと思っています。
「ああいえばこういう」状態になってきている長女。つい口を出してはぶつかり、の連続ですが、子育てが「待つ」「見守る」フェーズに入ってきているのもわかります。
それでも、長女がこれから出合ういろいろな言葉、考え方がいますぐにはわからなくても、心のどこかに降り積もっていき、迷ったときの支えになる人生の土台になればいいなぁとも思い、うっとうしがられること覚悟で伝えたいことは伝え続けるか。そんなことを考えるきっかけを、この本にもらいました。
花まる学習会 勝谷里美
🌸著者|勝谷 里美
花まる学習会の教室長を担当しながら、花まる学習会や公立小学校向けの教材開発や、書籍出版に携わる。現在は、3児の母として子育てに奮闘中。著書に『東大脳ドリルこくご伝える力編』『東大脳ドリルかんじ初級』『東大脳ドリルさんすう初級』(学研プラス)ほか