【花まるコラム】『居場所』金井彩

【花まるコラム】『居場所』金井彩

 5年生の算数で扱う「平均」は、平均体重や平均点といった言葉で耳にしたことはあるものの、子どもたちにとっては初めて触れる概念。どの子も普段より習得に時間がかかっていました。
 解き方をマスターするために、Sちゃんとは居残りして問題を数問解いて帰ることを約束しました。授業後、ほかの子も残って取り組むなかで頭を抱えてしまったSちゃん。やがて一人、二人とチームの子が帰っていき、最後はSちゃんだけになりました。
 一つずつ確認していけば、解き進めることはできる。ただ、何を聞かれているのか、いま、何がわかっているのか、文章から読み取って式を組み立てるのが難しい。いつの間にか涙が止まらなくなっていました。
 それでも、問題に向き合い、最後までやりきったSちゃん。泣きながら平均の問題を解ききり、残すは作文のみとなりました。「泣いて気持ちが落ち着かないなら、家で書いてもいいよ、Sちゃんが自分で決めていいよ」と伝えたところ、自分で「書いて帰る」と決めたSちゃん。やるべきことから逃げない、たくましくなったSちゃんを見たようでした。

 お母さんは、実は教室の前でこっそり待ってくださっていました。「私が教室に入ると気になっちゃうから」とお母さん。「最近、変わってきたんですよ。背も伸びてきて、こちらの言うことにも反発してくるし、いままでと同じだとお互いうまくいかないなって」
 花まるではよく、幼児期は「赤い箱」、思春期は「青い箱」というかたちで子どもの成長をお伝えしていますが、Sちゃんはすっかり「青い箱」に入っていました。「母と娘、ではなくときには対等に接してほしいのだな」「いままでと同じ関係ではうまくいかない、ならば関係を変えよう」とSちゃんの成長に寄り添える、いい距離感で接しているお母さんが素敵だな、と感じました。
 一方、花まるをはじめ、外では頑張っているSちゃん。今回の居残りがそれを表しています。Sちゃんに出会った頃、まだ1年生だった彼女は何かうまくいかないとなると、テキストを机から払い落としたり、泣きじゃくって講師や私を寄せつけなかったり、気持ちが爆発してしまうことも少なくありませんでした。いまでは、自分で気持ちをコントロールして、ときには悔しい気持ちがあふれ出るけれど、手を抜かずにやりきることができるようになりました。私がヒントを出すために声をかけたり、テキストに書き込んだりするのをかつては振り払っていたけれど、今日は受け入れて、考え続けることができたのは、成長の証。「頑張ったね」というお母さんの言葉も、そっと肩に置かれた手も、はねのけることなく受け入れました。そうして少しずつ変わっていったSちゃんと、その変化に応じて対応を変えていくお母さん。Sちゃんの成長を一緒に喜べることを、何より嬉しく思いました。

 私は、花まるが園や学校、家庭とはまた違った「居場所」でありたいと思ってきました。子どもたちが「できた!」と学びを楽しむ場。かつてのSちゃんのように、うまくいかないときでも自分を素直にさらけ出せる場。自分の成長を感じられる場。どんなときでも、ありのままの自分でいられる居場所でありたいと思っていました。また、保護者のみなさまにとっても、子育ての悩みも成長の喜びも共有できる場であればと思ってきました。これからも花まるが子どもたち、そして保護者の皆さまにとって「居場所」であり続けられるように。ぜひ、ご家庭や園・学校でのご様子も、お知らせください。

 さて、素直に「頑張ったよ!」と口にはしないものの、お母さんと手をつなぎ帰路についたSちゃん。教室を出るときよりも、足取りは軽くなっていました。きっと、手をつないだお母さんの手が少し冷えていたことで、「ずっと待っていてくれたんだな」と気づいたからでしょう。

花まる学習会 金井彩(2023年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

花まるコラムカテゴリの最新記事