【タカラモノはここに⑯】『目的を超えて』山崎隆 2024年2月

【タカラモノはここに⑯】『目的を超えて』山崎隆 2024年2月

 雪国スクールで出会ったAちゃん、小学校低学年の女の子です。その日は一日雪遊びの日。お昼ごはんを食べて休憩を取ったあと、「さあ遊びに行こう」という段になって急に「行きたくない」と言い出し、バスの前で石のように座ってしまいました。「どうして行きたくないの?」という問いかけにも答えてくれません。まだ自分の気持ちをうまく言葉で説明できないのでしょう。論理的に説明する力に関しては、どうしても大人のほうに分があります。「理由を教えて」と問い詰めてしまうとかえって心を閉ざしてしまいます。「休憩場所で休んでいてもいいから、とりあえず雪原までは行こう」という妥協案に渋々ながら納得してもらい、バスは出発しました。

 バスに乗ってもAちゃんは不機嫌な顔をしています。「まあしかし、こういったこともいつかは笑い話になるんだろうな」と思うと私の心にも余裕が生まれ、その頑なな性格が彼女の長所のように思えてきました。大人を困らせてでも自分の意志を曲げようとしなかった姿勢は、いつか裏返って彼女の自信になるのでしょう。雪原に着いてもしばらく不貞腐れた態度を取っていましたが、気がつけば楽しそうに雪の上を駆け回っているAちゃんの姿を見ることができました。
 特に理由もないのに頑固な態度を取りたくなる。こういった経験はきっと誰にでもあることでしょう。かく言う私自身も「どうして?」と親に尋問を受けながらも、うまく答えられずに口を固く結んでいた幼い日の記憶があります。「どうして?」と言われても自分でもよくわからない。「なんとなくいやだ」という些細な感情でしかなかったものが、追求されることでさらに強固になり、自分でもよくわからない「反抗のための反抗」のようになってますます引くに引けなくなる。記憶にあるだけでも数回あるので、実数はその数倍は下らないかと思われます。

 「やりたくない」という気持ちに、それほど明確な理由がないことがあるように、「やりたい」という能動的な気持ちに明確な理由がないことも実際には多いものです。「なぜ山に登るのか?」という質問に対して、登山家ジョージ・マロリーが答えた「そこに山があるからだ」という有名なセリフも、マスコミを煙に巻くために放った言葉だとも言われています。同じ登山家であり、残念なことにマロリーと同じように山で命を落とされた中嶋正宏さんは、遺稿のなかでこのように書いています。

 「目的、このことにどれだけの意味があるのか?
 僕はもっと登りたいとは思うが、~のために登りたいとは思わない。(中略)目的意識、これは行動の原動力ではなく方便だと思う。目的という理屈は、欲求のあとからついてくるものだ。」(『山は輝いていた』編・神長幹雄 新潮文庫)

 命を懸け、自分の素直な気持ちと孤独に向き合い続けた人たちの言葉は、説得力があります。

 雪のなかで遊ぶ子どもたちを見ていると、このことがよくわかります。雪と遊ぶ子どもは自由です。サクサクと深い雪を踏み分け、フワッと雪に寝転がる。誰かが雪玉を転がしてくれば、一緒に雪玉づくりに参加する。そこで「どうしてつくっているの?」と聞けば「雪だるまが好きだから」と言うかもしれません。しかし本当の本当は欲求に従っただけで、聞かれたために理由を考え出したとも言えます。子どもたちは欲求に従い、無心に遊んでいるのでしょう。

 もちろん目的は大切で、特に人と一緒に仕事をする場合は、それを明確にする必要はあるでしょう。仕事は「何となくやりたいのでやりましょう」では通じません。周囲を納得させるだけの理由としての目的が必要になります。しかし魚釣りの目的が「魚を得ること」だからといって、「魚屋で買えばいい」ということにはならないように、行為には目的を超えた楽しさがあります。目的からはみ出した部分を楽しめるかどうかは、学業でも仕事でもその幸福度に関係してくるように思います。

 哲学者の國分功一郎さんは『目的への抵抗』(新潮新書)のなかでこのように書いています。

 「人間の自由は、必要を超え出たり、目的からはみ出たりすることを求める。(中略)そこに人間が人間らしく生きる喜びと楽しみがあるのだと思います。」

 そして「目的によって開始されつつも目的を超え出る行為」を「遊び」と言っています。子どもたちの遊びは、目的に縛られない広い視野を得るための訓練なのかもしれません。

花まる学習会 山崎隆


🌸著者|山崎隆

東京東ブロック教室長。千葉県の内陸部出身。2歳上の姉と3歳下の弟と、だだっぴろい関東平野の片隅で育つ。小さい頃、外遊びはもちろんだが室内で遊ぶのも好きで、図鑑を開いては恐竜のいる世界を想像していた。高学年の頃より伝記を通して歴史に親しむ。休みの日には、青春18きっぷで目的もなく出かけることを楽しみにしている。

タカラモノはここにカテゴリの最新記事