【タカラモノはここに⑭】『天井を眺めながら』山崎隆 2023年10月

【タカラモノはここに⑭】『天井を眺めながら』山崎隆 2023年10月

 サマースクールが終わり、何日か過ぎたある日、私は原因不明の高熱に倒れました。一部の教室のみなさまにはご迷惑をおかけしてしまいましたが、幸いすぐに熱は下がり元気になることができました。
 それにしても病に臥し、見上げる一人暮らしの天井ほど何のおもしろみもないものはありません。「咳をしても一人」と尾崎放哉の有名な一句をつぶやいてみたところで、空しさを感じることができないほど空しく終わります。男一人の発熱は、本当にどうしようもないものです。
 体は悲鳴を上げていても脳だけは働きたがるようで、夢かうつつか、脈絡のないことばかりが思い浮かんでは消えていきます。天井は幻覚のスクリーンのようになりますが、映し出されるものは仕事や人間関係など現実につながっているものばかりです。子どもの頃、病気で休んだ日に見上げた天井は、そうではありませんでした。天井の板の木目の模様がいろいろなものに見えてきて、熱で朦朧とする意識の私にいろいろ語りかけてきたものです。

 おそらく記憶から消されているだけなのでしょうが、幼い日に病気で臥していた日を思い出しても、あまり苦しかった記憶がありません。それどころか甘く温かい印象があります。見守ってくれている家族の温かさが、病苦を上回っていたのでしょう。
 風邪で休んだ日は、家族がみんな優しくしてくれました。父が仕事から帰ってくると、寝室の襖越しに両親の会話が聞こえました。
「たかしの熱は下がったか?」と聞く父。
「代われるものなら代わってあげたいけどねぇ……」とつぶやく母。
 帰ってきた父の第一声が自分の名前であったことが、珍しく何だか嬉しく思いました。母のつぶやきを聞いては(お母さんが自分の代わりに倒れたら、誰も料理できなくなっちゃうから、このままで良い……)と心のなかで静かに思いました。
 熱にうなされながら見上げた天井の景色は、いまでも細かく覚えています。ボーっとした頭でその模様を見ながら物語を考えて過ごしていました。熱が上がってくると天井がバンと目の前に近づいたり遠ざかったり、最後には部屋がひっくり返って、天井のほうに自分が寝ているような奇妙な幻覚を見たこともありました。
 病気のときは食べ物も特別でした。すりおろしたリンゴを食べることができたのです。あまりにおいしいので「元気になっても食べたいな」と思いましたが、元気なときに出ることはありませんでした。そんな他愛のない昔のことを、一人暮らしの天井を眺めながら、思い出していました。

 成人してしばらく働いたあと、私はケガをして数週間ほど実家で療養生活をしていたことがあります。自分のことは自分でしていましたが、子どもの頃の生活を思い出しました。社会人になり家を出てから、初めて家族とゆっくり過ごせた時間でした。そのとき、花まるの野外体験で子どもたちを引率している話を何気なくしました。すると母はふいに真剣な顔になり「人様の大事なものを預かるのだから、十分気をつけないとね……」と言いました。預かった大事なものに傷をつけてしまったら、私が大切にしているものすべてを傷つけることになる。母に言われなくても覚悟を持って臨んでいる仕事ではありましたが、「大事なもの」の重みを誰よりも知っているであろう母の言葉だけに、胸に響きました。
 十数年前、車の教習所でベテランの高齢の女性教官から言われたことを思い出しました。
「あんたがたはまだわからないと思いますがね、親というのは、息子や娘が、車で出かけたとなると、ちゃんと帰って車庫に車を入れるまで、ずっと心配しているものなんですよ。子どもがおじさん、おばさんになってもね、親というものはそういうものなんですよ」
 こんな話が記憶に残り続けたのは、自分にとって意味のあることだったからでしょう。サマースクール、雪国スクールの間も、保護者の方は常に心配をされているかと思います。途中、体調不良のためやむなくお迎えをお願いしたご家族の方もいらっしゃいますが、大きな事故もなく今年のサマースクールも終わりました。そして自分が安心して終わるのではなく、私にも遠くで心配している両親がいます。野外体験の引率はいつまでも両親を心配させる、親不孝な仕事かもしれません。だからこそ「無事、戻りました」と両親にも報告したいと思います。

花まる学習会 山崎隆


🌸著者|山崎隆

東京東ブロック教室長。千葉県の内陸部出身。2歳上の姉と3歳下の弟と、だだっぴろい関東平野の片隅で育つ。小さい頃、外遊びはもちろんだが室内で遊ぶのも好きで、図鑑を開いては恐竜のいる世界を想像していた。高学年の頃より伝記を通して歴史に親しむ。休みの日には、青春18きっぷで目的もなく出かけることを楽しみにしている。

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