【花まるコラム】『一生懸命ってかっこいい』濱本和美

【花まるコラム】『一生懸命ってかっこいい』濱本和美

 兄と妹の2人きょうだいの話。年の差は2つ。兄のほうは、進路で悩み、部活動で悩み、いろいろなことに対して立ち止まり考えて進んでいくタイプ。そんな上の子を母親はいつも心配している。一方、妹はどう進めば早いか、何をしたら怒られるのか、少しだけ先を行く見本を常に近くで見ているからか、何事もあまり迷うことなく物事を決めていった。2人の母親は「きょうだいなのに全然違うね」とよく言う。

 上の話は、私が幼いころの話です。すぐそばにいた兄の背中を見て育った私は、どの方向に進むのか迷うことなく割とすんなり決めて生きてきました。そして心のどこかで「なんで兄ちゃんはそんなに悩むのだろう。なんとかなるでしょ」と思いながら過ごしていたことをいまでも鮮明に覚えています。

 私が以前担当していた教室に、Kくんという3年生の男の子がいました。同じ教室には1年生の妹Sちゃんもいます。初めは妹が入ってきて嬉しそうだったKくんも、だんだんと浮かない表情をすることが増えていきました。その視線の先には、いつも楽しそうなSちゃんの姿があります。「Sって生意気なんだ。いつもぼくに『まだ宿題やってないの?』って言ってくる…」ぽつりと話したKくん。「Sは放っておいてもなんとかやっていけると思うのですが、Kはどうしても心配で、つい比較して言ってしまうんです」というお母さまの話で、Kくんの浮かない表情の原因がわかりました。なんでも楽しそうに取り組む妹と比較され、自信がなくなっていたのです。教室では、いつも以上にKくん自身の頑張りを認める声かけを心掛けて接していました。少しずつ自信を取り戻していくなか、1年が過ぎて学年が変わり、4年生になったKくんは、高学年コースに進みました。低学年コースのSちゃんとは違う時間帯の授業に変わったことで、3年生の頃のような表情をすることがなくなり、いきいきしているKくんがそこにはいました。何にでも一生懸命で、憎まれ口をたたきながらも本当は妹のことが大好きなKくん。お迎えでSちゃんが来ると途端にお兄ちゃんの顔になるKくんは以前よりも頼もしく、お母さまと一緒にほほえましく見ていたものです。
 妹から離れる時間は、Kくんにとって必要なものでした。それは誰かと比べられるのではなく、自分自身を認める時間になっていたからです。もう少し先の話ですが、夏休みは絶好のチャンス。ほかのきょうだいと離れ、その子だけとの時間をつくる「ひとりっ子作戦」はとても有効です。兄や姉、弟、妹というフィルターを通さずその子自身を見つめると、心配でしかたなかったわが子の新たな成長に気がつくかもしれません。

 私はというと。大人になってから兄に「妹という存在」についてどう思っていたのか聞いたことがあります。「お兄ちゃんなんだからとか言われるのが本当にいやで、下になりたいって思ったことが何度もあった」「内心いつ抜かされるか焦ってたよ」「大人になったら笑って話せるけどね」と語る兄を見て、私はKくんを思い出しました。上の子は下の子が思っている以上に、きょうだいについて考えているのだなと気づいた出来事でした。兄は、高校受験も大学受験も就職活動もつまずき悩んできた人。しかし、それはすべてに一生懸命向き合ってきた証拠でもあり、私は心のどこかでそれがうらやましかったのです。この人には敵わないなと思いました。
 一生懸命な人はかっこいい、それを教えてくれたのが兄だった、このことは、まだ本人には伝えずに胸にしまっています。

花まる学習会 濱本和美(2021年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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