低学年クラスで扱っている「さくら」という教材に、与謝野晶子の『お留守番』という作品があります。主人公は、家でお留守番をしている3人のきょうだい。退屈しはじめた子どもたちの前に現れた神様によって、家具や食材が動物に変えられたのです。動物園のようになった部屋のなかで楽しいひと時を過ごす物語。そのなかで特に私の好きな場面がこちらです。
「五時になる、五時になる、五時になる。」と時計がいいました。
「おや、それではお父様やお母様がお帰りでしょう。」「姉さんしかられるでしょう。」
二人のお嬢様はあわてました。太郎さんは泣き声を出して、
「厭だなあ、僕は厭だなあ、動物ごっこはもうよすの、厭だなあ。」と云いました。
楽しいひと時を過ごしながらも両親が帰ってくる現実に気がついて慌てる姉たちと、「遊びをやめたくないなあ」と泣く弟の姿。子どもたちの姿はいつの時代も変わりませんね。
「もしみんなに太郎さんたちと同じようなことが起きたら、帰ってきたお父さんお母さんに動物で遊んだ話をする?」物語を一通り読み終えて、子どもたちに質問してみました。「言わない!」と最初に答えたのは2年生の女の子。「だって怒られちゃうから」なんとも素直な、かわいらしい回答です。続いて、1年生の男の子。「言いたい、言いたい!」。理由を聞くと、「ママたちを驚かせたいから!」とユーモアセンスたっぷりに答えます。そして、別の1年生の女の子が言いました。「言いたくないなあ。だって、うちらだけの秘密にしたいもん」
彼女の言葉で、私の脳裏に小学生時代の思い出が蘇ってきました。
小学校低学年ぐらいのときだった、と記憶しています。新緑のまぶしい季節でした。母が買い物をしている間、2歳下の妹と近所にある広い空き地で遊んでいました。そこに同い年くらいの女の子と男の子のきょうだいがやってきて、どちらからともなく一緒に遊びはじめました。やがて2人は意気投合した私たちを「いいところあるよ!」と、隣の雑木林のなかに案内してくれたのです。藪のなかを進むと、そこ置かれていたのは大きな赤いソファーと壊れかけの回転椅子。2人の秘密基地だったようです。そこで時間がくるまでめいっぱい、遊んでいました。買い物を終えた母が私たちを迎えにきました。「何をして遊んでいたの?」母の優しい問いかけに私は妹と顔を見合わせて、「あの子たちと遊んでいたよ」とその事実だけを伝えました。なんだか、秘密基地のことは内緒にしておきたい気持ちになりました。大人に言ってしまったら秘密基地もなくなって、あの子たちとも会えなくなってしまう気がしたのです。
それ以来、その空き地からは足が遠ざかっていました。
季節が変わったある冬の日、勇気を出して空き地のなかに足を踏み入れました。もう一度あの2人に会えないか、もう一度あの秘密基地に行けないか、その一心で以前より日当たりがよくなった藪のなかをくぐり抜けました。しかし、たどりついたそこにはあの埃だらけの赤いソファーも、傾いた回転椅子もありませんでした。魔法が解けてしまったような気がしました。同時に「この秘密を抱えたままにしなくていいんだ」どこか安心している自分もいました。
胸の奥底がむずがゆくなるような、秘密の思い出。誰しも一度は抱えたことがあるのではないでしょうか。夏休み、教室の子どもたちにどんな思い出ができるのか楽しみにしています。
花まる学習会 高津奈都子(2023年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。