【花まるコラム】『根っこと羽』新井征太郎

【花まるコラム】『根っこと羽』新井征太郎

 私は農業×ビジネス教室「かぶしきがいしゃ みんなビレッジ」にて、子どもたちと畑を耕して野菜を育てています。教室とは別に、自分だけで野菜を育ててみたらどうなるか試してみたいと思い、趣味としての農業も始めました。

 長年趣味で野菜をつくっていて「畑が余っているから」と貸してくれたおじいさんは、私の農業の先生です。住宅地から少し離れているその畑には常設の水道がなく、どこから水を確保するかわかりません。「作物にあげる水はどうしているのですか」と聞くと、「自然の雨水だけだよ」とのこと。

 私たち素人には、野菜づくりと言えば、種を植えて、水をあげて、芽が出たらまたせっせと水をあげて…というイメージがあります。しかし、おじいさんは雨水だけとのこと。「ほかに畑を貸している人たちも、水をあげたがる。ただ、土の表面は乾いていても、土のなかには水分が残っていることが多い。水のやリ過ぎは、かえって種や根を腐らせる原因になる。雨水だけで十分育つ」と。

 さらに興味深いことを話してくれました。「頻繁に水をあげていると、いつも水をもらえると根が思い込んで、自分から土のなかの水分を探しにいかなくなる。すると、自分で伸びない、弱い根っこになる。自然の水だけだと、根が自ら土のなかの水分を探しにいく。すると、自分で伸びる、強い根っこになる」「人間も一緒だよ。まわりが与えすぎると、口を開けて何かくれることを待つだけになるでしょ。与えすぎなければ、成長できる要素を自分から探す人になる」

 この「人間も一緒だよ」が強く心に響きました。子どもについてもその通りで、まわりの大人が与えすぎると、それを待って自分から手を伸ばさない、一歩踏み出さない子になってしまうでしょう。日々の声かけ、授業中のヒントや手助けなど、本当に子どもたちのためになっているのか、考えるきっかけをいただきました。

 もう一つ、教育について考えるできごとがありました。先日、あるTV番組を観たときのことです。浅草で俥夫をしているAさんに密着していました。企業に就職せず、アルバイトで人力車の仕事を続けると決断したAさんに、お母さまは猛反対。娘の大学の卒業式でも、心からお祝いする気持ちになれなかったとのこと。お母さまから取材陣に送られてきたメッセージが、こちらです。
「これまで大切に大切に、かごのなかの小鳥のように必死に育ててきたのに、飛んでいきました。私は娘に、心からおめでとうと言えませんでした。そんな自分が情けないです。」
 かつて追いかけた夢を諦め、アルバイトという不安定な身分で働き続けるという選択をした娘を心配するのは、親として当然のことでしょう。ただ、形はどうあれ、娘は飛び立ちました。娘には羽が生えていたのです。このお母さまは自分が情けないと話していましたが、Aさんが羽ばたけたのは、お母さまやお父さま、周囲の方々が背中を押したおかげだと思います。これから先、彼女は自らやりたいことを探し、さらに羽ばたいていくことでしょう。

 「根っこと羽」かたや地中に、かたや大空に向かっていくもの。対照的に見えますが、人が社会で生き抜いていく、幸せに生きていくうえでともに必要なものです。自ら根を伸ばし、自分の足でしっかり立つ。いつしか羽が生えて、自分の力で社会へ羽ばたいていく。私たち大人ができることは、この根っこと羽を生み出し、形づくっていけるように、子どもたちを支えていくことではないでしょうか。

 与えすぎず、しかし、支えになって背中を押す。そのためにできることを自分に問いかけながら、今日も子どもたちと向きあっていきます。

花まる学習会 新井征太郎(2023年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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