【花まるコラム】『なりたいと思う気持ち』佐々木汐莉

【花まるコラム】『なりたいと思う気持ち』佐々木汐莉

 夏に近所でもらったクワガタの観察―― それがいつしかわが家の日課になりました。2歳になった息子は、最初は怖がって立ちすくんでいたものの、いまでは「がっちゃん」と呼び、虫かごの横に寝転んで観察を楽しむようになりました。

 ある日、図鑑を見ながら「クワガタってツノがあるんだよね。これ、人間にはないでしょう。ツノで相手を攻撃できるんだって。かっこいいね~」と思うままに伝えてみました。すると、息子が「うわ~~~~ん!!」と大きな声で泣きだしたのです。突然のことでびっくり。理由がまったくわかりません。しかし数分後、もしかして…と思い、「ね、ツノがほしいの?」と言うと、息子は「うん」とうなずき泣き止んだのでした。「人間」「虫」という枠をも飛び越える、「こうなりたい」という思い。可能不可能も関係ない。2歳児が見ている美しい世界を垣間見たような気持ちになりました。

 そして思い出したのは、おやこクラスの五感あそびの時間。子どもたちがいろいろなものになりきって遊ぶ光景が広がります。寒天あそびの回では、ツルツル滑る寒天を片手で抑えながら、そっとバターナイフで切る…そんな細かな動きに集中している2歳のKちゃんの姿が印象的でした。きっと頭の中では理想の何かになりきっているのでしょう。「ごはんください」と声をかけると、ニヤっとした表情で「どうぞ」と渡してくれました。しばらくするとこちらに顔を向けて、何かを待っています。「ください」というとまた嬉しそうに調理を始め、「どうぞ」と渡してくれたのでした。

 なりたいと思ったものになってみる。周りを観察してはまた自分の動きに取り入れてみる。その一連のなかで、動きの幅がぐんと広がったり、言葉の獲得をしていったりするのがこの時期の子どもたちだなと感じています。わが子も乗り物好きが一年ほど続いていますが、電車の車両基地を見た日は狭いスペースに電車のおもちゃをうまく並べようと何度も繰り返し挑戦していたり、電車のアナウンスを覚えて真似をしたり…日々遊びが発展しているのを感じます。好きなもの、憧れるものになりきる。この尊い時代は、実はまだまだ続いていきます。

 低学年からの野外体験では、サムライになって2泊3日を過ごす「サムライの国」というコースがあります。合戦場では紙風船を腰に身につけて、スポンジの剣で敵の紙風船を破る…という戦いを行うのですが、子どもたちは真剣そのものです。そこで出会った1年生Sくんは、合戦のたびに序盤から風船を破られてしまっていました。1回戦目でも2回戦目でも3回戦目でも…。ついに「なんでみんな俺を攻めてくるんだ!ずるい!」と周りに怒りをぶつけはじめました。彼に声をかけようとしたそのとき、ダーッと合戦場から外に走り出していきました。追いかけて「どうした?」と声をかけると「もう帰る!どうせぼくなんか勝てないんだ!」と目に涙を浮かべ逃げようとしています。手を握り、そのまま話を聞くことに。悔しい気持ち、自分は弱いんだという気持ち、すべて受け止めたあとで、「私はSの何度も立ち上がり奮闘する姿を見ていたよ。このまま帰るか、まだできるはずと信じて立ち向かうか。どうしたい?」と聞いてみました。しばらくの沈黙の後、彼がポケットからある紙を出しました。そこには「強いサムライになりたい」とカラーペンで書かれた赤いSくんの字がにじんでいました。その紙を見て胸がいっぱいになりました。そして、彼はそれをしばらく見つめて、そっとポケットにしまうと「もう一回やる!」と合戦場に駆け出したのです。「よし!」と追いかけ、すかさず1対1の特訓を行いました。その結果、少しずつ残れる時間が長くなり、戦いが終わるたびに1人倒せた、2人倒せた、と嬉しそうに教えてくれたSくん。自信をつけていく彼のまぶしい姿は、いまでも鮮明に覚えています。

 子どもたちのあこがれる気持ちやなりたいと思う気持ちを大事にしたい。そこでの成長を大切に見守りたい…。おやこクラスの子どもたちがこれからどんなものになりきり、どんな世界を体現していくのか。その尊い時代のはじまりを一緒に過ごせることを、心から嬉しく思います。

 

花まる学習会 佐々木汐莉(2021年)

 

*子どもだけでなく「ママの笑顔も育む」 花まるおやこクラス


▼公式サイトはこちら
https://www.hanamarugroup.jp/art-edu/oyako/


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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