2月の3年生の課題作文は「自分のいいところ」がテーマでした。ある女の子は、その作文のテーマを見て少し暗い表情をしていました。
「わたし、いいところないし…どうしよう」
その子はそうつぶやきました。
私は、その子のことを年長の頃からずっと見ています。だからその子の「いいところ」をたくさん知っています。素直なところ、相手の話をよく聞こうとするところ、生き物を大切にするところ、わからないときや困ったときはちゃんと自分から質問できるところ、相手の気持ちを考えるところ、人をクスリと笑わせるような可愛いらしいユーモア、オシャレでセンスがいいところ、そして「いいところない…」と考えるようなところもひょっとしたら謙虚さの裏返しで、彼女の「いいところ」なのかもしれません。
それらたくさんの「いいところ」が一度に溢れてきましたが、彼女を前にして私の口から自然と出てきたのは、自分でも少し意外なところでした。
「本をたくさん読んでいるところ」
数多くの「いいところ」のなかでも、一番彼女を象徴しているように思えたのが、そこだったのです。口に出してから、少し変だったかな、と思いました。「本を読む」というのは行為であるし、「いいところ」とするには、ずれていたかもしれない。けれども、私が彼女にすーっとつながるイメージを考えたとき、「本を読むこと」がまっさきに出てきたのも事実なのでした。
授業の後も、私はそのことが気になっていました。なぜ「本を読むこと」が彼女の「いいところ」だと思ったのか。不思議に思いながらも、彼女と本が一緒にイメージとして浮かぶのは、とても清々しい気持ちにさせるものだったのです。そのとき、一つの結論のようなものが出ました。彼女は彼女らしく、理想的な成長をしている。私はそのように思ったのです。
人それぞれ成長の仕方というものは異なるものだと思いますが、本を読めるようにするというのは、教育の一つのゴールだと私は思っています。本を読んで、活字から人の考えを理解し、自分自身も考えることができるようになれば、人に頼らずとも学んでいくことができます。「巨人の肩に立つ」という言い方がありますが、先人が考えたことを自分自身でもなぞっていくことで、自分自身が巨人ではないにしても、巨人と同じような視点を持つことができるものです。
私の周囲にも本を読む人はたくさんいますが、その誰もが謙虚さを失っていません。知識を得ることで優越感に浸り、人より上に立とうとする人はいません。巨人と同じ視点に立ちながらも、本を読む人は謙虚です。それは過去の人々がどれだけ深く考え、学んできたかを、本を通して知ることになるからだと思います。現代の問題や悩みの多くは過去にすでに見出されていて、書物として残っている。その事実に気付いて、自分を巨人と勘違いするようなことはないはずなのです。
そう思ったとき、彼女が「自分にはいいところがない」と思ったのも、一概に悪いことではないように思いました。いま、彼女は巨人の肩の上に登っている途中なのです。きっと近い未来、自分自身の素晴らしさにも気がつくことでしょう。
「自分のいいところ?」
自分のいいところはあまりないけれど、先生がいったことが“本をたくさんよんでいること”ということだったので、そのことについてかきます。
そう言われたとき、うれしいと思いました。
これからももっと本をよみます。
彼女はこのように作文を書きました。私はこのまま、まっすぐ成長してほしいと思っています。悩んだり、苦しんだりすることもあるでしょうが、そのときはきっと本が支えになってくれるはずです。
「この子はきっと本を書く人になるんだろうな」と、彼女が1年生の頃からずっと思っていました。人の気持ちのわかる彼女のことですから、きっと素敵な本を書いてくれると私は思っています。いまからとても楽しみにしています。
花まる学習会 山崎隆(2022年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。