【花まるコラム】『なりきり先生』鈴木和明

【花まるコラム】『なりきり先生』鈴木和明

 先日、年長クラスで「鏡映し」をテーマに思考実験をおこないました。一見すると何にも見えない、適当に線が引かれたところに鏡を立てて映してみると、ある形が見える。そうして、指定した形を探しながら「対称性」を体感することが狙いなのですが、これが毎年ものすごく盛り上がります。もちろん子どもたちにとっては「タイショウセイ」ですから、細かい理屈は伝えずに、鏡を立てると写した形が鏡の向こう側に見えるということを感覚的に学んでいきます。
 ハートに始まり、うさぎやクローバーなどこちらが用意した問題に挑戦したあとは、残りの時間でほかにも何か新しいものが見つかるか探してみる子どもたち。まるで探検家のようです。ピーマンやかぼちゃを見つけた子がいれば、ワンピースやTシャツを見つけた子、クワガタや魚を見つけた子もいました。あちこちから「先生、〇〇見つけたよ!」と声が上がり、呼ばれた私たち講師は教室中を駆け回ります。
 そんななか、Rくんから「先生、見て!」と呼ばれました。行ってみると、テキストの余白に何やら適当に線が引いてあります。そして、Rくんから「この中に蝶々がいます、どこにいるでしょう?」と問題が出されたのです。彼は思考実験を模して、自分で問題を作ったのでした。ぱっと見では発見できないデザインになっていて、難易度も丁度いい塩梅です。すぐに見つけてしまってもおもしろくないですから、「いやぁ、どこかなぁ…」と言いながら探しました。その様子を見守るRくんは、もうニヤニヤが止まりません。しばらくして「降参…!」と伝えると、「実はここに鏡を立てると見つかりま~す!」と嬉しそうに教えてくれました。テキストに新たな1ページとして追加したいぐらいの良問でした。

 高校生になった教え子のTさんが、近況報告の連絡をくれました。いろいろな話をするなかで、家族の話題になったときにあることを思い出しました。Tさんは4人きょうだいの長女で、下に弟が1人、妹が2人います。そんなTさんが小学生の頃に家庭内で長らく流行ったこと、それは「学校ごっこ」でした。
 4人もいればさまざまな役割分担ができるのですが、Tさんは決まって先生役をやっていたそうです。学校を再現するわけですから、授業をして、ときにはテストもおこないます。子ども役の3歳下の弟や6歳下の妹たちに「問題」を用意しなければなりません。その問題を用意するのも、先生であるTさんの役割でした。簡単すぎてもおもしろくないし、難しすぎると意欲が減退してしまう。これは、問題を解く側から作る側にまわったときに初めて直面する壁で、知識だけでなく、ユーモアや発想力といったその人のもつセンスが求められるのだということを実感するのです。Tさんはお父さんの助けも借りながら、いつも一生懸命問題を作っては弟や妹たちに出していました。

 さて、なりきり遊びは子どもの頃に誰しもが通る道だと思いますが、これまで紹介したRくん、Tさんの2人は先生になりきっていました。なりきり遊びの良さは、強制感が一切ないことです。そして、自分なりに試行錯誤し、時に周囲の助けも借りながら、得た知識や経験をアウトプットすることができるのです。先生になりきる過程で、Rくんは対称性をより深く理解できたでしょうし、Tさんは教えることの難しさとおもしろさを体感できたことでしょう。受け身ではなく、能動的かつ体験的に学ぶことができるのが「なりきり先生」の強みだと感じます。
 Rくんのお母さんから面談で聞いたのですが、彼が「知りたい」と思ったことは、制限せずとことんやらせてあげるよう心がけているそうです。そして、新たに知ったことをお母さんはどんどん教えてもらっているとのことでした。「フムフム言いながら聞いているだけですけどね!」と笑いながら話されていたのですが、その距離感でいるのがちょうどいいのかもしれません。私も、子どもに教えてもらう機会をどんどん作っていこうと思えるエピソードでした。ちなみに、学校ごっこにハマったTさんは、現在保育士を目指して勉強中です。子どもを惹きつけてやまない、素敵な先生になることは間違いないでしょう。

花まる学習会 鈴木和明(2021年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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