【花まるコラム】『無自覚な気づき』山口裕美

【花まるコラム】『無自覚な気づき』山口裕美

 西郡学習道場では、2020年からオンラインでの授業形態がスタートしている。対面でも、オンラインでもルールはつきものだが、4年生のSくんはなかなかルールを守れなかった。道場のルールのなかに「ミュートは勝手にはずさない」「トイレに行くときは手をグーにして画面に見せる」というものがあるが、 Sくんは何度言っても突然ミュートを外し、「先生、トイレに行ってきます!」と快活にかつ礼儀正しく伝えてトイレに向かう。そのたびに、「ミュートは勝手にはずしていいんだっけ?」「トイレに行くときはどうしたらいいんだっけ?」と声をかける。 Sくんはハッ!とした表情を見せたり、『テヘッ』という声が聞こえてきそうな照れ笑いをしたりする。その表情を見るたびに「悪気はないんだよなぁ…」と感じていた。

 算数の授業中。みんなは一生懸命タブレットに書き込みをして問題を解いているのだが、彼だけ下を向いてニコニコしている。算数の問題を解くのが楽しくてニコニコしているのであればとても嬉しいことだが、たぶんそうではない。専用の【メタモジ】というアプリからリアルタイムで書き込んでいるものをこちらで目視できるため、彼が何も書き込んでいないことはわかっている。ただ、対面と違い、オンラインだと何をしているのかすべてを確認することは難しい。だが、経験上察することはできる。「たぶん、動画を見ているな…」と。もちろんそのたびに「どう?進んでいる?」「わからないところはない?」と声をかける。すると、一瞬我に返り取り組み始めるが、また少し経つとニコニコしている。声をかけて変われないのであれば、ほかの方法を考えていくしかないと思っていた。

 そこで【手元モード】を取り入れることにした。いつもは顔を映しているカメラを、問題演習を行うときは手元に画角を動かしてもらう。「みんな!ここからは手元モーーーーード!」とテンション高めに声をかけると、みんなも『シャキーン!』と言わんばかりに、手元が映るように画角調整する。 Sくんもみんなと同じように、いや、何なら「僕の画面、どうですか?ちゃんと手元モードになっていますか?」と人一倍ノリノリで手元モードに切り替える。するとどうだろうか。手元が映っていることを意識してか、普段とは見違えるくらいに問題をサクサクと解いていく。
 できない・わからないわけではない。ただ、誘惑に負けてしまう。意志が弱いのだ。そこに対して頭ごなしに指導するのではなく、「きみの頑張りは見えているよ」ということを暗に示したほうが彼には響くのかもしれないと実感した。

 道場の生徒たちは、一日の終わりに【道場日記】を書いている。その日にあったことを言語化するために、3行で振り返りを書くというものだ。道場の授業がある日は、授業の最後に書かせている。
 手元モードを取り入れた日のSくんの道場日記には、こう書かれていた。

≪算数がおもったより多く終わってうれしい!≫

 彼はたぶん自覚していない。手元モードにしたことによって、自分が集中して取り組めたのだということを。けれど、事実として「たくさんやれた!」という気づきはあるのだと思う。それからの授業は、毎週のように取り組める量や集中できる時間が増えていった。

 Sくんだけではなく、こういった【頑張りたい気持ちはあるけれど、なんだか頑張れない子】は多いように思う。そういった子どもたちにどうアプローチをして気づきを与えるか。声かけで気づく子もいれば、行動に移してみて初めて気づく子もいる。一人ひとりの言動や行動を観察しながら、これからも子どもたちと一緒に試行錯誤をくり返していく。

西郡学習道場  山口裕美 (2022年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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