【花まるコラム】『たまにはちょっと、木の上で。』西川文平

【花まるコラム】『たまにはちょっと、木の上で。』西川文平

 数年前、ある受験生のお母さんと面談をしていました。かわいさ余って憎さ百倍、とまでは言わないですが、大切でしかたなく、そして心配でしかたないゆえに、ついつい必要以上にわが子にかかわってしまうお母さんでした。そのお母さんは、面談をすると、はじめのうちはどどどっと日々の不満を口にされます。特にその日は、「何回言っても同じミスばっかりするんですよ!」「宿題やったの? って聞かないとまったく自分からはやりません」「あんなので受験生なんて呼んでいいんですか?」などなど。立て板に水とはまさにこのこと、とでも言うべきマシンガンぶり。一方の私はというと、ただうんうんと頷きながらお話を聞くことくらいしかできないのですが、次第にお母さんの言葉が柔らかくなってくることがわかります。「生意気なことばっかり言っているのに、この間なんて急にぎゅーしてなんて言ってくるんですよ。どう思います?」なんて言って、えびす顔。そして、いつも通りひとしきり話しきったお母さんは、ふーっとため息をつき、少し申し訳なさそうな笑みを浮かべながら「漢字ってよくできていますよね。『木の上に立って見守る』と書いて親。わかっているつもりなんですけどね…」ぽつりとそうおっしゃいました。

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 私が主として勤務する事務局の最寄り駅には、毎年初夏の頃に、ツバメが巣を作ります。ふと見ると、3羽の小さな顔が巣からひょっこりのぞいており、今年も帰って来たんだなぁとうれしくなりました。近くには親ツバメだと思われる2羽もいます。親ツバメは、子どもたちのことなんてまるで気にしていないかのようにそっぽを向いているので、「人間と違って、淡々としているなぁ」なんて思っていると、子ツバメがぱぁぱぁと鳴きはじめました。すると、どうでしょう。お腹すいたの? どこか痛むの? とでも言うかのように、親ツバメがさっとそばに飛び寄り、世話を始めました。

 私はなーんだと思いました。この世界をくるっと見回してみても、木の上でじっとしていられる親なんてどこにもいないのだな、と。そんな悠長なことはできないのだ、と。子どもが困っている、つらそうにしている、あるいは、このままだと困りそうだ、つらい思いをしそうだ、そんなときはすぐさま木から下りてしまうものなのでしょう。でも、それでいいのだとも。
 だから、我々の仕事は、ついつい木から下りてきたときに「お母さん、お母さん、どうですか? ちょっといったん木の上でひと息つかれてみては…」と肩をたたき、「心配になりますよね。でも、○○くんは一生懸命にがんばっていますよ。少しここから、一緒に見守ってみませんか」そんなことをお伝えすることなのだと思いました。

 ある朝、巣を見てみると、もうすっかりもぬけの殻でした。あの小さかった子たちは、いつの間に巣立っていったのでしょう。子どもたちの成長というのは、本当にあっという間です。しかしまぁ、あのやさしい親ツバメのもとで育った子たちですから、立派になって、今頃きっとどこか遠くの空を気持ちよく飛んでいることでしょう。たまにはちょっと木の上で、羽でも休めたりしながら。

花まる学習会 西川文平(2023年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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