【花まるコラム】『また会える日まで』生井ちま

【花まるコラム】『また会える日まで』生井ちま

 「高校生リーダーになりたいんだ」
3年生の男の子。ふと、決意を言葉にしたのは春の野外体験の帰り道。バスの窓の外を見つめながら、まっすぐな想いを話す彼の横顔はなんとも美しかった。

 彼は、夏休み明けに地方へ引っ越すことが決まっていた。花まるの教室も野外体験も大好きな彼の最後を締めくくるのはサマースクールとなった。
「ぼくね、おもいっきり楽しんでくるよ」そう言って、新潟県へ向かった。同日、宿泊場所は違うものの、私も同じコースに参加していたため、活動中の彼の様子を見ることができた。
 鬼ごっこ。真剣な眼差しでひたすら追いかけ続ける。最後まで諦めないその姿は、彼の真の強さ。
 川遊び。冷たい川にもまったく動じず、ひたすら水かけをする。寒くて遊べない子にもそっと手を差し伸べ、一緒に遊ぼうと声をかける。友達想いの優しい心。
 川への飛び込み。さまざまな想いや葛藤を込めた、青空に映えるビッグジャンプ。飛び込みを終えたあと、彼は笑顔だった。「楽しい」って。「でもね、飛び込む前、本当はちょっぴり怖かったんだ」そう照れながらはにかんだ。小さく見えるけれど、実は大きな壁を乗り越えた、ひと夏で得られた自信。…そこには、教室では見ることのできない、彼の新たな一面があった。私はこの夏を懸命に過ごす彼の姿を自身の目に焼き付けた。
 最終日の解散地にて。彼と一緒にお父さんの迎えを待つ。最後のお別れの瞬間が近づいているのに、彼はいつもと変わらない。「一緒に遊ぼう!」と言って、ぴょんぴょんと飛びついてくる。
 お父さんが来た。彼は「楽しかったよー!」とお父さんの胸へ。大きな胸で彼を受け止めるお父さんは満面の笑顔だ。サマースクール中の彼の様子やいままでの感謝の気持ちをお父さんにも伝え、本当に最後の瞬間がきた。私は自分のポケットにこっそりと忍ばせておいたリストバンドを取り出して彼に渡した。このリストバンドは、毎年スクールに参加する子どもたちへの想いや願いを込めて作っており、引率スタッフがスクール中に身につけているものだ。
「いままでありがとう。最後に会えて、本当に嬉しかったよ。リストバンドには高校生リーダーになると決めた記念の年が刻まれているよ。新しい学校に行っても頑張ってね!」
涙をこらえ、震える声をなんとかおさえながら伝えた。彼は目をまん丸にさせ私を見つめる。目には涙がたまっていく。
 ―泣かない。泣かない。笑顔だ。―
そんな彼の心の声が聞こえてくるかのようだ。必死に涙をこらえる彼の瞳を見つめていたら、先に涙があふれたのは私だった。彼のことをぎゅっと抱きしめて、「ありがとう。出会えてよかったよ。待っているよ」と伝えた。花まるの歩みから、次のステージへの歩みへ。お父さんと手を繋いで帰る後ろ姿を見ながら、「頑張れ」とエールを送った。

 数日後、彼から手紙が届いた。何度も消した跡がある、一生懸命な手紙にはこう書かれていた。
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いままでありがとうございました。
高校生になったらリストバンドをつけてもどってきます。
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 7年後、彼はどんな子になっているのだろう。きっと相変わらず食いしん坊なんだろうな。お米が大好きなんだろうな。正義感が強くて、お友達に優しくて、でも本当は少し気が小さいところもあって、緊張しいで。お父さん、お母さんに似て、いつまでも笑顔なんだろうな。彼の周りにはたくさんの「楽しい」が転がっていて、それをひとつずつ吸収していって、自分も幸せで周りにも幸せを与える、そんな人になるんだろうな。
 彼がリストバンドをつけて、「先生、帰ってきたよー!」と帰ってくる日、私はどんな人になっているのだろう。どんな気持ちで彼を迎えるのだろう。たくましい青年になっても、目尻のシワが増えた女性になっても、変わらないのは心と心。

 7年後に彼と再会したら、7年前と変わらず彼の愛おしい名前を呼ぼう。振り向いた彼に、「おかえりなさい」と言えるように。
待っているよ。

花まる学習会 生井ちま(2021年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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