【花まるコラム】『文字になる世界』水谷真奈

【花まるコラム】『文字になる世界』水谷真奈

 「考えていることがそのまま文字になればいいのにね。あっ、でも知られたくないことまで文字になっちゃうのか! それはいやだな…」
 先日、授業で作文を書いているときに3年生Iくんが独り言を言いました。「作文に書きたいことがたくさんあって、文字を書く時間が惜しい」といった様子でIくんは一生懸命鉛筆を走らせていました。そのとき、私もIくんの独り言を聞いて想像しました。たしかに、考えていることが文字になれば日常がどれほど変化するでしょうか。鉛筆を動かしたり、パソコンのキーボードを押したり、スマホで指をスライドさせずに、自分の考えは文字となり、可視化されます。勉強や仕事ははかどります。しかし、Iくんの言うように、知られたくないことまで文字になってしまいます。私はここまで考えて、疑問に思いました。
 そもそも、なぜ人の考えていることは目に見えないのでしょうか。

 当時5年生のAちゃん。授業に積極的に参加し、友達とも仲良く話をしていました。授業中、近くにおしゃべりに夢中になっている子がいても「私はいま、問題を解いているから」と流されずに自分のテキストに集中する姿や、困っている子がいたらそっと声をかけて自ら助ける姿からは、どことなく大人びた雰囲気が感じられました。まわりをよく見て、自分がいま何をすべきかを考えて行動するAちゃんは、花まるの教室では自分の感情を前面に出すことはあまりありませんでした。私と話すとき、Aちゃんは少し照れたように話していました。家での出来事や学校でがんばっていることを一言ひとこと言葉を選ぶように話していました。

 先日、中学生になったAちゃんと再会しました。
「先生、私、花まるが好きだったな。友達とか先生の雰囲気も私に合ってて、すごく気に入ってた。いつもね、『花まるから帰ってくるとにこにことしているね』ってお母さんから言われてたんだよ」と、Aちゃんは少し照れくさそうに言いました。
 私は、当時は感情を前面に出さなかったAちゃんの真っ直ぐな言葉に胸を撃たれました。また、Aちゃんが花まるを好きだったこと、そして心のなかの感情が、家に帰ったときの表情に表れていたことを知り、とてもあたたかい気持ちになりました。

 もしも、考えていることがそのまま文字になる世界にいたら、当時、教室にいる時点でAちゃんの気持ちは文字となり、私は知ることができていたかもしれません。しかし、自分自身で気持ちを「言葉」という形にすることや、「この思いを言葉にすることで、相手はどう思うかな」と他者へ想いを馳せることはとても大切だと思うのです。また、人の気持ちを知る手段は言葉や文字だけではありません。Aちゃんの照れた様子や滲み出た笑顔のように、仕草や表情からも気持ちは伝わります。
 私は、一度心で感じた気持ちを、相手に伝えるかどうかを自分で決めることに、大きな意味があると思っています。「言ってもいいかな。大丈夫かな」と悩み、それでも伝えようと決意する過程では、たくさんの葛藤が生まれ、自分を超える覚悟を決めています。だからこそ、人の考えていることは目に見えないようにできているのではないでしょうか。
 子どもたちには、考えていることが自然と文字になる世界ではなく、自分で形にする世界で生きていってほしいのです。子どもたちが心に向き合い、何をどのように相手に伝えるかを自分で考え行動できるよう、今後も見守ってまいります。

花まる学習会 水谷真奈(2023年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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