【花まるコラム】『恋と本』生駒春佳

【花まるコラム】『恋と本』生駒春佳

 中学2年生の頃、夏休みに「自分のおすすめ本を紹介する」という宿題が出ました。A4サイズの紙に本の表紙やあらすじ、自分なりのおすすめポイントを書くもので、提出後は全員の作品が廊下に張り出されました。当時の私は、ちょうど『一瞬の風になれ』という本を読んでいたので、その本をおすすめ本にしました。ドラマ化もされた有名な青春小説なので、ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。

 私はこの「おすすめ本紹介」のあと、次に読む本をみんながおすすめするなかから選んでみようと思い、廊下で紹介本を見ることにしました。そして、ある人のおすすめ本の前で足が止まりました。それは当時、密かに想いを寄せていた隣のクラスのTくんのおすすめ本でした。

 Tくんはなんと、私と同じ『一瞬の風になれ』を選んでいたのです。それを見た瞬間、言葉では言い表せないくらいの喜びが、お腹から沸々と湧きあがりました。嬉しさのあまりじっとしていられず、廊下を走って親友に報告したことを覚えています。世の中に数多くある本のなかで、同じ本を読み、同じ本に心を動かされ、おすすめ本として選んだ、ということに運命を感じ、それだけでもう両思いになったような気分でした。

 そして、さらに嬉しいことが起きました。Tくんも同じ本を選んでいたことを知って私にこう言いにきたのです。
「同じ本を選んでいたね!俺、あの本をもう一度読みたいから、持っていたら貸してくれない?どこかにいっちゃんだよね」
それから本の貸し借りが始まり、どこのシーンが良かった、あそこのセリフがよかったと、たくさん話すようになりました。私はもうキュンキュンが止まりませんでした。

 そこから私は小説にハマりました。まずは奇跡を起こしてくれた『一瞬の風になれ』の作者である佐藤多佳子さんの本を片っ端から読みました。どの本も、自分が体感したことのない世界をリアルに感じさせてくれました。そして、頭のなかで勝手に「映画化されるなら、あの俳優さんがいいなあ。この人物は、あの女優さんがいいなあ」などと、想像しながら読むこともありました。小説に出てくる人物の骨格や髪型、声の質感などは自分で想像するしかありません。こういう顔かな、こんな人かな、と想像しながら読むのがとても楽しい時間でした。

 思えば最初に私が本に夢中になったのも「恋」がきっかけでした。小学4年生の頃、好きだったKくんが山田悠介さんの小説を好んで読んでいたことから、真似して読んでみたのです。そこから小説を通じて恐怖を覚えたり、感動したりする素晴らしさに魅了されていったのでした。

 一方、私の両親は、本をまったく読みませんでした。母親は訪問看護師をしていて、そういった類の勉強本を読む姿は稀に見られました。小さい頃から家にある本といえば『最期の看取りかた』『幸せに逝くために』など、子どもにとっては重い内容ばかりでした。父親はというと、私が夢中になって本を読む姿を見て「よく本を読んでいて眠くならないなぁ、たいしたもんだなぁ!俺もなんか読んでみようかなぁ」と感心していました。自分が楽しく読んでいる姿を、そんなふうに認められると嬉しいものです。

 私は、両親が本の虫でもなければ、家のなかに読みたいと思える本があった環境で育ったわけでもありませんが、「恋」がきっかけで本を読むようになりました。教室の子どもたちを見ていると、歴史系のマンガ本に夢中になる子、昆虫図鑑に夢中になる子、ミステリー小説にハマっている子…と、いろいろな子がいます。なかには、まったく本を読まない子もいます。「いま」はその子にとってのタイミングではないのでしょう。思春期になったら、自分の興味とともに、そのときが来るかもしれません。子どもたちが本のおもしろさに気づいたとき、そのことを傍から見守ってあげられる存在でありたいと思います。         

花まる学習会 生駒春佳(2022年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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