【花まるコラム】『人とのつながり、その温かさ』友部亜由美

【花まるコラム】『人とのつながり、その温かさ』友部亜由美

 私には、知的障がいを持った叔母がいる。年齢は私の母の1つ下で「千代ちゃん」と呼んでいた。千代ちゃんとは、小さい頃よく一緒に遊んでいた。遊んでいたというよりも、私が子守をしてもらっていたのだろう。
 私が幼稚園に通っていた頃、母は仕事をしていた。そのため、幼稚園が終わると自宅ではなく、おばあちゃんの家にバスで送ってもらっていた。幼稚園バスに子どもたちが空席なく座り、幼稚園の近くに家がある子から順番にバスを降りていく。おばあちゃんの家は町の外れの山の中にある。私が降りるのは子どもたちの中で最後だった。コンクリートで整備された道があるにはあるが、そこから一歩林の中に入ればそこは野生の動物の世界。タヌキやキツネ、時には鹿もいた。おばあちゃんの家が近づいてくると、家の前に千代ちゃんが立っているのが見えた。「それではまた明日。さようなら」バスを降りるときに先生が挨拶をすると、千代ちゃんがぺこりと頭を下げる。私は先生とバスに手を振った。家に入るまで敷地の中を少し歩くのだが、私はさりげなく千代ちゃんの手を握った。千代ちゃんの手はいつも温かくふっくらしていた。
 千代ちゃんは、まだ首も座らぬ赤ちゃんだったころ40℃以上の高熱が出て、医者に注射を打ってもらったところ、熱は下がったが、それが原因で知的な障がいが残ったという。正直なところ信憑性はわからない。そう伝え聞いた、というだけだ。千代ちゃんができるのは、お茶を淹れること、そして小さな子どもが危なくないように子守をすること。
 幼稚園からおばあちゃんの家に帰ると、誰かが置き忘れた漫画を読んだ。はじめの頃は絵だけを追っていたが、文字も読みたくなった。しかし自由に文字が読めない私は、千代ちゃんに「読んで」と頼んだ。千代ちゃんは首を横に振った。子どもがイヤイヤをするような動作だ。繰り返し「読んで!」とお願いしたが、イヤイヤを続ける千代ちゃん。しだいに悲しそうな顔になっていった。「千代ちゃんはどうしてそんな意地悪をするんだ」私の中で怒りが湧いてきたとき、唐突に気づいた。「文字が読めないんだ」。千代ちゃんが何かを読んでいるというのを見たことがない。千代ちゃんは学校に通ったことがないのかもしれない。私は「じゃあ私が読むね」と言って、読めるひらがなだけを拾い読みで音読した。当然意味はつながらない。千代ちゃんはニコニコと聞いていた。
 2016年神奈川県の障がい者福祉施設で、19人の知的障がい者が刺殺されるという事件が起きた。その犯人が「障がい者は不幸をばらまく存在」という思想を持ち、一部ではあるがその思想に共感する声も聞かれた。このことについて、重度障がいの息子をもつ弊社代表高濱がコラムに以下のように書いている。「何もできないように見える息子が、ダメダメ人間の私を立て直し、無限大のエネルギーを注入してくれたのです」「息子は、単独では偏差値がつけられないほどの存在だが、私と組み合わさることによって、社会に対して仕事をすることができたんだ!」文章が続いたその先に「以上が、犯人の言葉に対する私の回答です」と締めくくられていた。(高濱コラム『パートナー力』2016)

 新年会や結婚式など親戚が全員参加するような場には姿を現さなかった千代ちゃん。大人同士の会話に入ることもなく、一人として数えられていなかった千代ちゃん。しかし、千代ちゃんは確かにこの世界に必要な人なんだ。私の音読をいつまでも聞いてくれた千代ちゃんがいたから、いまの私がいる。どんな人にもこの世界で生きることの意味がある。子どもたちも、新しい環境でたくさんの出会いを繰り返しながら、一つひとつのつながりを大切にして欲しい。ただ一緒にいるだけで幸せだと感じる人間関係を築くことが、将来に渡って自分を支え、自分を優しく、そして強くしてくれるのだから。

スクールFC/花まる学習会 友部亜由美(2021年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員のみなさまにお渡ししています。

花まるコラムカテゴリの最新記事