さて、その朝、ピッピはジンジャークッキーを焼こうとしていました。いまはちょうど、ねりあげたものすごい量の生地を、台所のゆかにのばしたところです。
「だって、そうでしょ?」ピッピはニルソンさんにいいました。「ジンジャークッキーを五百枚も焼こうっていうときに、ふつうの板じゃ、むりよね」
ピッピはゆかに腰をおちつけると、ハート型のかたぬきで、せっせとクッキーをくりぬきました。(中略)
さあ、それからのピッピの手ぎわのあざやかなこと! ゆかにのばした生地をかたぬきでじゃんじゃんぬき、天パンにほいほいならべ、天パンをつぎつぎとオーブンにつっこみます。トミーとアニカにとっては、まるで早まわしの映画を見ているようでした。
(アストリッド・リンドグレーン『長くつ下のピッピ』菱木晃子訳/岩波書店)
第二次世界大戦が終わった1945年、スウェーデンを代表する世界的作家リンドグレーンの『長くつ下のピッピ』が出版されました。そばかすだらけの顔にニンジン色の髪、ぴんと立ったおさげ、つぎはぎだらけの服、左右で色の違う長くつ下。でも正義感あふれる力持ち…。とにかく型破りで個性的な少女ピッピがくり広げる数々の痛快な物語は、長く暗い戦争時代を経験してきた多くの人々の心を明るくしました。
「遊んで遊んで、遊び死にしなかったのがふしぎなくらい」と、晩年に自分の子ども時代をふり返っていた作者のリンドグレーン。この物語をひも解けば、時が経つのも忘れて目の前のことを全力で楽しんでいた、子ども時代の感性が取り戻せるのです。
そんな『長くつ下のピッピ』に描かれているお菓子が「ジンジャークッキー」、すなわちショウガ入りのクッキーです。やることすべてが破天荒なピッピは、クッキー作りも実に大胆! 住んでいる「ごたごた荘」の床一面に生地を伸ばし、一緒に暮らしているオナガザルのニルソンさんとともに、次々と型で抜いていきます。ピッピの手際の良さは、「ごたごた荘」の隣に住むトミーとアニカにとってはまるで魔法のようでした。
アメリカ風の比較的厚みのあるクッキーと違って、スウェーデンなど北欧のクッキーはやや薄く焼き上げられることが多いようです。一年を通して食べられますが、クリスマスの時期にはさまざまな型で抜いて、ツリーのオーナメントにもされるそう。
さすがに、現実に500枚も焼くのは難しいですが…ピッピの物語世界や幸福な子ども時代をイメージしながら、サクっと焼き上げたクッキーで午後のひと時を過ごしてみてはいかがでしょうか?
スクールFC 平沼純
『長くつ下のピッピ』
アストリッド・リンドグレーン 作/イングリッド・ヴァン・ニイマン 絵/菱木 晃子 訳 (岩波書店)
【レシピ】ジンジャークッキー(約6㎝のハート形 26枚分)
バター……35g
きび砂糖……80g
はちみつ……20g
牛乳……30cc
A.
薄力粉……150g
重曹……小さじ1/4
シナモンパウダー……小さじ1/2
クローブパウダー……小さじ1/2
ジンジャーパウダー……小さじ1/2
①バターを室温に戻し、ゴムベラでクリーム状に練る。きび砂糖を加えてさらに練り、はちみつも加えてよく混ぜる。
②牛乳を600wのレンジで30秒温め、①に加えてまんべんなく混ぜる。
③ ②のボールにAをふるい入れ、さっくりと切るように混ぜる。生地をラップで包み、冷蔵庫で1時間休ませる。
④ ③を2mm厚に伸ばし、型で抜く。180度に予熱したオーブンで、12~13分焼く 。
レシピ・写真提供:料理家 江口 恵子(natural food cooking)
🌸著者|平沼 純
教育心理学を研究し、「自分の視点を持って考え、力強く生きていく力の育成」を目指して教育の世界へ。国語を専門とする学習塾で読書・作文指導などに携わったあと、花まるグループに入社。現在、小学生から中学生までの国語授業や公立一貫コース授業のほか、総合的な学習の時間である「合科授業」などを担当。多数の受験生を合格へ導くとともに、豊かな物語世界の楽しさ、奥深さを味わえる授業を展開し続けている。