【花まるコラム】『えいっ』樋口卓也

【花まるコラム】『えいっ』樋口卓也

 ――胸がバクバクで、破裂しそうになって、本当に死ぬかと思った。

 2月、都立中への進学が決まったSに、「これまでスクールFCに通っていて、良かったことって何だった?」と尋ねたときに、出てきた言葉だ。

 Sは、少し内気だけれども礼儀正しい生徒だった。本人いわく、4年生の頃まで意見を発表することはまったくできなかったそうだ。学校の授業でも手を挙げることもまったくできず、学校の先生に「大丈夫?」と、心配されるほどだった。
 5年生からは都立中の受検に備えて、SはスクールFCの公立中高一貫向けのコースを受講していた。そのコースの科目に「合科授業」という取り組みがある。この授業は、身のまわりに起こりうる問題をテーマにして、自ら考え、チームで話し合い、意見をまとめ、モノづくりをする授業だ。授業の最後には、プレゼンタイムがあり、チームの代表が発表をする。
 ある日、未来の街づくりをテーマにした回のプレゼンタイムで、チームの代表にSを指名した。Sのつぶらな瞳が、驚きでいっそう大きくなった。こわばった表情のまま、おずおずと黒板の前に立った。タイマーの開始とともに、Sは「えいっ」という表情でプレゼンを始めた。
「私たちのチームでは、老人ホームと幼稚園・小学校を合体させて一つの施設にして……」
この間のSの心地は、冒頭の言葉のとおり。

 生徒のプレゼンはカメラで収録しておき、最後にみんなで視聴する。その映像からも、Sの肩と手に力が入っているのがわかった。しかし、客観的に見れば、発表の形としても十二分に完成していた。その自分の姿を観て、Sも安堵した様子だった。

 「FCに通っていてよかったことは、人前で話すことができるようになったこと。合科授業のプレゼンの時間、指名されたときは、胸がバクバクで、破裂しそうになって、本当に死ぬかと思った。でも合科授業の発表をしていたら、慣れてきちゃった。その経験がたくさんできたから、人前で発表できるようになった」
 保護者との面談で知ったことだが、Sは学校でも人前で話すことができるようになっただけでなく、6年生では学級委員になっていた。また、友人間のいさかいにも仲裁役として入ることも時折あったそうだ。きっかけは合科授業だったかもしれないが、Sはいつの間にかぐんぐんと、ひとりでに成長していた。

 Sの話を聞いて、飛び込みや、吊り橋を思い出す。はじめてのことに心臓が高鳴って、足がすくむ思いをするが、一度「えいっ」とやってみれば、大抵はなんということはない。しかし、「できた」世界は、確実に一歩前進していて、これまでとは違う世界に見える。

 子どもたちが抱える「苦手」や「自信のなさ」を克服するためには、挑戦の機会を用意してあげること。成功でも失敗でもいい。「えいっ」という心持ちで挑戦することが大事だ。
 それを見守る大人たちは、強く、短い、心からの拍手を送るだけでいい。子どもたちは一歩前の世界を、感じて、悩んで、考えて、自ら歩くことができる。

スクールFC 樋口卓也(2021年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員のみなさまにお渡ししています。

花まるコラムカテゴリの最新記事