「ジュワーッ!」油のにおいがしたかと思うと、大皿にたくさんの揚げたての唐揚げやポテトが盛られ、机の上に置かれます。それと同時に取り合いの始まりです。自分の手元に大皿から食べ物を移し確保しなければ、その日に食べられるおかずはありません。食事が終わりテレビを見る時間になると、次に始まるのはチャンネル権争い。「この番組がいい!」「それは嫌だ!」と口論します。
これらは私の幼少期の日常の一場面です。今回は、私の子ども時代についてお話しします。
東京の端で、5人きょうだいの4番目に生まれました。きょうだいが多いので、家の中は大騒ぎです。母が目を離した隙に「叩いた!」「蹴った!」の繰り返し。そんな日常に母は辟易していたことでしょう。母子家庭であったため、子どもたちを食べさせていくために母は朝から晩まで働きに出ていました。私は学童で上級生や学童のスタッフと遊び、少し寂しいと思いながらも他の大人から愛情たっぷり注いでもらいながら過ごすことができました。何より、母が私たち5人きょうだいのために頑張ってくれていることを知っていたので、母のために自分のことは自分でできるようになろうと思っていました。
母は毎朝7時半に家を出て、夕方5時ごろに両手いっぱいのビニール袋を提げて帰ってきます。そこから急いでご飯を作って洗濯をして、夜7時過ぎにはまた仕事に出て、深夜3時ごろにそっと帰ってきていました。たった4時間の睡眠で、また朝、仕事に出ていたのをよく覚えています。オシャレや化粧に無頓着で、自分のことは二の次。体力的にも精神的にも考えられないほどの苦労があったことだと思います。それでも一家の大黒柱として、私たちの前では弱音も吐かず5人を育て上げてくれたことに、心から感謝しています。幼少期を思い出す度に、母親の「行ってきます」と笑顔で出ていく姿を思い出し、大人になったいま、「どれだけの苦労があったのだろうか…。」と目頭が熱くなります。
ある年のお正月、家を出ていたきょうだいも帰省して家族全員が揃い、新年をみんなでお祝いしました。私が母と話していたら、「健康に育ってくれてよかった!離れている時間が長かったから、罪悪感があったんだよね。」と言われました。意外な発言に驚きを隠せませんでした。罪悪感の理由を尋ねると、「不安にさせていたのではないか。ケンカが多いのは、自分が近くにいられないからだと思っていた。」と言っており、不安な気持ちでいたのだとそのとき初めて知りました。きょうだいにその話を伝えると、みんなきょとんとした顔。「不便ではあったけれど、ケンカの理由はお母さんがいなかったからじゃないよね。ケンカは友達ともしていたし!いま思うとくだらない理由でケンカしてたよね!(母が)いなかった分、何が起きても自分たちで解決しないといけない、という危機感はあった。だからたくましく育った気がするなぁ。ははは!」とみんなで笑いあいました。子どもたちのその発言を聞いて安心したのか、弱い部分を見せないようにしていた母も、このときばかりは静かに涙を流していました。
昨今は共働きのご家庭も増えました。お忙しい合間を縫ってご参加いただいた面談では、「子どもには自立してやりたいことに向かって進んでほしいが、なかなか一緒に何かをしてあげられることが少なくて…」という相談をよく聞きます。ご家庭によっては、子どもたちと触れ合う時間が少ない方もいらっしゃるかと思いますが、心配はいりません。子どもたちは一生懸命な親の姿を見ています。子どもたちのことを考え心配することも多いかと思いますが、意外と子どもたちはたくましく育っていくのです。保護者の方が「仕事や家事など、目標に向かってひたむきに取り組み続ける姿」を見せることで、それが子どもたちにとって憧れの姿となり、自立していく糧になるのだと身をもって感じています。
花まる学習会 谷田川美冬(2021年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員のみなさまにお渡ししています。