今どうしてる?卒業生物語 【No.37】次呂久直子さん

今どうしてる?卒業生物語 【No.37】次呂久直子さん

花まる学習会・スクールFC卒業生のその後に迫ります。
第37弾は、2年連続で箱根駅伝等を運営する関東学連の幹事長を務めた、伝説の卒業生にインタビュー!

ようこそ先輩!  次呂久直子さん
【花まる学習会】小1~小3
【スクールFC】小3
*担当教室長:高濱正伸 ほか
【進路】開智未来中学校→加藤学園 暁秀高等学校→東海大学
【現在】スポーツ関連企業 勤務

  


高濱 直子といえば、箱根駅伝の運営をやり遂げたよね。
次呂久 大学時代に学生自治団体「一般社団法人 関東学生陸上競技連盟」(関東学連)に所属し、大会運営に携わらせていただきました。
高濱 箱根駅伝はどんなふうにやっているの?
次呂久 日程や会場の決定だけでなく警察や警備員とのやりとり、沿道の審判員の配置など、さまざまな調整が必要です。当日は学生による走路員もふくめて約6000人がスタッフとして集結します。
高濱 それだけの規模の大会を学生団体が主催しているのがすごいよね。そして、4年生が務めることの多い幹事長に、3年生で就任したんだよね。
次呂久 3年生になったら副幹事長として幹事長の下で学ぶ予定だったのですが、体制の変更で4年生の先輩方にサポートいただきながら幹事長を務めることになりました。
高濱 4年生まで2年連続で務めるなんて、とても珍しいのでは?
次呂久 関東学連の約110年の歴史のなかで、3人目と聞きました。
高濱 おぉ〜。運命だな。
次呂久 3年生の一年間は、右も左もわからず、手探りでした。
高濱 その経験が翌年に活きたんだね。
次呂久 ほとんどの役割は一年間担当すると次の代へと引き継ぐので、自分の手でブラッシュアップする機会はあまりないんです。そういう意味でも、とても貴重でやりがいのある経験でした。
高濱 4年生で臨んだ箱根駅伝2026の予選会の結果発表、報道陣の前で落ち着いていたもんなぁ。
次呂久 2回目でどんなステージかを理解していたので余裕はありました。でも、やはりものすごく緊張しました。
高濱 そうだよなぁ。それを務めあげたのだからさすがだよ。大会運営に捧げた大学の4年間はどうだった?
次呂久 振り返ると大変なことやつらいことがたくさんありましたが、それ以上にやりがいと達成感でいっぱいです。準備期間がどれだけ大変でも、大会当日の選手の笑顔や記録、観客いっぱいの競技場を見ると、頑張ってよかったと思います。
高濱 それにしても、今年の箱根駅伝も感動したよ。語り継がれるであろうあの回の幹事長を直子が務めたなんて……最高の大学時代を過ごしたね。

■花まるの思い出
高濱 花まるには、直子のお兄ちゃんも通っていたよね。
次呂久 兄は小学1年生から中学3年生まで、ずっとお世話になりました。
高濱 直子は小学3年生までだったね。花まるの授業、覚えている?
次呂久 どの教材も遊びの延長のような感覚で取り組めたのでとても楽しく、宿題も苦ではありませんでした。なかでも印象深いのはキューブキューブです。理系科目はあまり得意ではないのですが、数学の空間図形の分野は大好きで、頭の中で図形を組み立てるのが得意になりました。
高濱 嬉しいなぁ。
次呂久 先生方が頑張ったことに気づいて、やればやっただけ褒めてくださるのが嬉しくて、いつも全力でした。自分のファイルにMVPシールが増えていくのも嬉しかったです。
高濱 楽しみながら実力を磨いていったんだね。野外体験はどうだった?
次呂久 「お兄ちゃんと一緒に行きたい」という気持ちが強く、兄と同じコースに申し込んでもらっていました。兄が体調を崩して参加できなくなったときは、集合前に「私も行くのをやめる!」と言って大泣きしたのを覚えています。
高濱 大泣き組だったのか(笑)
次呂久 最終的には予定通り参加して、楽しんで帰ってきました。
高濱 しっかり成長したね。直子にとって、花まるとは?
次呂久 「戻りたいと思える場所」です。高校生リーダーとして戻らせていただけて、本当に嬉しかったです。
高濱 嬉しいよ。後輩である花まるっ子のみんなへ伝えたいメッセージはありますか?
次呂久 私は自分の気持ちを大切にして一番ワクワクする道を選んできて本当によかったと思っています。迷ったら、誰かの正解にとらわれずに心躍る道を選んでほしいと思います。
高濱 そういう道でこそ人は輝けるんだよな。

■関東学連幹事の活動を始めたきっかけ
高濱 学連幹事は、どんなきっかけで始めたの?
次呂久 もともと、中学・高校と6年間選手として陸上をやってきました。
高濱 おぉ〜。何の競技を?
次呂久 100メートルハードルです。学校も部活にものすごく力を入れているわけではなかったので、楽しく取り組んでいました。高校3年生の最後に、ギリギリ県大会に出場できたくらいで……。
高濱 すごいじゃないか。
次呂久 その頃から陸上競技全般に夢中になり、投てきや跳躍、マラソンなどさまざまな競技を観戦するようになりました。箱根駅伝は祖父の誘いもあり、家族で沿道に観に行って応援するようになりました。高校卒業後も陸上選手を続けたいという気持ちはあまりなかったのですが、何かしらのかたちで陸上競技全般にかかわりたいと思い、大会運営の世界に飛び込んでみることにしました。
高濱 箱根駅伝以外にはどんな大会を運営するの?
次呂久 関東インカレ(関東学生陸上競技対校選手権大会)などのトラック競技を、年間10大会くらいおこないます。
高濱 それは一年中忙しいね。
次呂久 さまざまな大学から陸上競技が大好きな学生たちが集まって本気で運営するので、とても楽しいです。

■お母さんのこと
高濱 お母さんはどんな人ですか?
次呂久 中学生のときに両親が離婚してから、女手一つで育ててくれました。大学に通わせてくれただけでなく、関東学連の活動でアルバイトもほとんどできない4年間をサポートしてくれました。私のやりたいことをすべてやらせてくれた母のおかげで、いまの私があります。
高濱 無償の愛だね。

■これからのこと
高濱 スポーツには人を本気にさせるすごい力があるよね。これからどうしたいの?
次呂久 いずれはスポーツを通じた“まちづくり”に携わりたいと思っています。子どもから大人まで、スポーツをもっと身近に感じて気軽に楽しめる世の中にしたいです。そのためにも、これからもっと広くスポーツにかかわって知識を深めていきたいと思っています。
高濱 素晴らしいなぁ。応援しています!
次呂久 ありがとうございます!

  

 

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