「メシが食える大人」へ~卒業生の物語~

今どうしてる?卒業生物語 【No.3】渕上裕司さん

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花まる学習会・スクールFC卒業生のその後に迫る新企画!
第3弾は、医師として働く卒業生にオンラインインタビュー!

ようこそ先輩! 渕上 裕司さん
【スクールFC】南浦和校(小学6年生~)・スーパー算数(小学5年生~)
【進路】函館ラサール学園中学校・高等学校→山形大学医学部
【現在の職業】医師

■進学のきっかけは、大河ドラマ
高濱 進路はどんな理由で決めたの?
渕上 都内の高校へ通うには通学時間が長いので、家族会議で「それなら寮のある学校に行ったほうがいいんじゃないか」と。当時の大河ドラマが『新選組』で、幕末や“土方歳三の最期の地“として函館が注目されていたんです。その流れで、函館ラサールがあるって(笑)説明会へ行った両親が、80人部屋が特徴の中学寮にひとめぼれをして。
高濱 寮生活で六年間一緒というのは、影響力が大きいよね。絶対忘れない仲間っていうかさ。そこ、すごく聞きたい。あのとき、小学校でいじめじゃないけど、いやな目にあったりしてなかった?
渕上 そうですね、そんなこともあって。
高濱 それで、「寮はいいですね」って言ったんだよね、確か。あの時の自分を分析して、どういう状態で、なにが問題で、どう克服した、みたいなのはあるの?
渕上 あのころは、自分の世界に閉じこもってしまうような感じだったと思うんです。なかなか友だちを家に呼べない。よく「いじめられる人間には、いじめられる理由があるんだ」と言われますが自分にもそういう面があったかもしれない。寮生活を通して、なんとなく人との付き合い方や、社会のルールを肌で感じられるようになったのはよかったと思います。
高濱 ものすごく正解だったよね。足りないものを一気に寮で埋めたっていうかさ。親がいちいち口出ししてこないのもいいじゃん。
渕上 それは本当に(笑)。自分でいろいろ決断して…そういう経験をさせてもらいました。
高濱 かわいいかわいい息子だから、どうしても心配だったんだろうね。

高濱 中学・高校で部活はやっていた?
渕上 合唱部でした。男性合唱団で、僕はテノールでした。
高濱 話しているときより声が高いんだね。楽しかった?
渕上 そんなふうに思われないんですけど、歌うときは高いんですよ。楽しかったです!

■現在の職業
高濱 今、何科で働いているんだっけ?
渕上 心臓外科です。
高濱 心臓外科か。それはまたハードなところやってるね。
渕上 そうですね、すごく。
高濱 心臓外科を選んだのは、どうして?
渕上 難しいんですけど、やっぱりおもしろいんですよね、心臓っていうのが。物理とか数学みたいです。圧とか、血管の抵抗とか、血の巡りとか、輸血量や排出量を管理する必要も…
高濱 じゃあ、数値とか結構出まくるんだ。
渕上 出まくります。検査値とか、心拍数とか、血圧とか、そういうのを管理しながら、少しずつ退院に向けて管理していくのをやるわけです。
高濱 心臓悪くなったら頼むわ。
渕上 ぜひ…ぜひなんて言ったらあれですけど(笑)。
高濱 生き延ばせてくれ、もしかしたらそのときには。いやぁ、心臓外科医になったか…素晴らしいね、本当に。
渕上 ありがとうございます。

■思春期の気づき
高濱 お母さんはどんな人ですか?
渕上 人生の教訓を教えてくれるような人でしたね。英語が堪能で、外資系の企業に勤めていました。いまは働く女性も普通ですけど、当時はかなり珍しかったみたいです。
高濱 きっぱりして、価値観がはっきりしてよね、お母さん。
渕上 そうですね。抑え込まれた部分もあったのかもしれないです。寮の長期休暇で3週間ぐらい自宅に帰るんですけど、最初の1週ぐらいは結構いい感じにやっていけても、2週、3週と経ってくるとだんだんぎくしゃくしていって、ちょうどいいときにいなくなるって、そういうことを父親が考察して言っていました。
高濱 勉強については?
渕上 小学生のころは「勉強しなさい」という感じでしたが、中学・高校に入って寮生活をしてからは自分でやるようになりました。
高濱 そこがよかったよね。いい感じの解放。
渕上 やらされるものじゃなくて、やらなきゃいけないものだっていうことに気がついたんですよ。高校一年生のころにうまくいかないときがあって、「この世の中を勉強しないといけない」と肌で感じた瞬間があった。そこから先はもうずっと勉強してますね、いままで。
高濱 いいね。勉強したもん勝ちだからね。
渕上 誰もやってないときにやるもの。誰に言われなくても、自分一人で始められる。
高濱 自分だけでそこへいけたってすごいな。いわゆる天才系の人もいるけれど、裕司みた いな生き方が一番みんなのお手本になる。自分で「勉強するしかないんだ」って気づいて やれば道が拓けるよね。日記とか書いてた?
渕上 はい。「寮生日誌」の当番みたいなのが回ってくるので、思春期のモヤモヤした感情だとか、そういうものを書きなぐれるような機会が結構ありました。
高濱 それは、みんなで読み合うの?
渕上 いい内容は、匿名でブックレットみたいな感じにされていました。
高濱 その中で選ばれたりしたこともあるの?
渕上 あります、あります。何度も。
高濱 おー。
渕上 やっぱり自分なりにいろいろ悩んで成長してってことだと思うんですけど。
高濱 そうだね。すごく大事だね。でも、寮なんてやりたい放題でもあるだろうから、遊び人になったりはぐれちゃったりもするんじゃない?自然とがんばり屋さん同士で仲間になった感じなの?
渕上 そういうわけでもないんですよ。どっちかというと、みんなマイペースで好きなことをやっているような人同士で部屋を組むんですね。高校からは大部屋じゃなくて4人部屋になるんです。例えば、勉強したい人同士で集まっても、必ずしもうまくいくとは限らないんですよね。不思議なことなんですけど、目的を一(いつ)にして集まっても、そこで仲違いみたいなことが起こったりして。
高濱 なまじっか同じ価値観だと、ぶつかることもあるということかな。
渕上 そうですね。
高濱 向こうは向こうで勝手にやっている、くらいの距離感がいいのかもね。
渕上 そうなんです。すごく不思議なんですけど。
高濱 へー、それはおもしろいな。ちゃんと哲学につながるっているのもいいよね。

■花まる・FCでの思い出
高濱 花まる・FCで印象に残っているのは?
渕上 サマースクールと、あとはスーパー算数。10人未満のクラスでしたが、そこでの出会いが衝撃でした。「こんなにできる人がいるんだ」って。
高濱 学校とかしか知らないとね。まだ開成だなんだっていうのはいないころだったけれど、できるやつはいっぱいいた、地の強いやつ。おもしろかったな。
渕上 そうですね。すべての受験で、数学が大切になってくるんでしょうね。
高濱 そこで差がつくもんね。
渕上 僕は一浪したんですけど、予備校には通いませんでした。函館にある個人塾の先生に数学を教えてもらいながら、センターとかあとはぜんぶ独学でやりました。
高濱 本物だな。小学校のとき、主体性をはぐくむよっぽどいい塾に行ってたんだね(笑)。
渕上 そうだと思います(笑)。
高濱 あの頃は、サマースクールで伊江島に行ってたよね。飛び込み、覚えてる?板のところでダダダダーって。
渕上 覚えています!大学に入ってから、病院見学とかで沖縄に行くこともあったんですけど、「あー、あそこが伊江島か」って、自分で車に乗って行ったりしたんですよ(笑) 。
高濱 本部(もとぶ)の方から?
渕上 そうです、そうです!すっごくうれしかったですね、本当。
高濱 そう言ってもらえることがうれしいよ。俺の目にも焼きついてるもん。飛び込んで「ワー!」って言ってるのとかさ。

高濱 裕司にとって花まる・FCとは?
渕上 小学生の間に到達すべき基礎になる部分をつくってくれたところです。いろいろな考え方の子たちとの出会いにも感謝しています。
高濱 うれしいよ。スー算はまさにそういう思いでやってたから。大学入試のときにいよいよ価値がわかってくる、つながっていくようにやっていたから。
渕上 そう思います。

高濱 落ち着いたら、みんなで集まろう。頑張って働いている教え子の姿ほどうれしいことはないから。元気で頑張ってね。とことん応援してるからね。
渕上 どうもありがとうございました。