■周りがうるさくて集中できない、けど……
3年生の思考力講座「Think!Think!」の授業後、Aくんがお父さんとともに教室に戻ってきました。一度は駅まで歩いていたものの、「先生に話しておきたいことがある」ということでわざわざ引き返してきたそうです。お父さんに促され、少し口ごもりながらAくんは「周りの子がうるさくて集中できない」と私に相談しました。文句や陳情ではなく、“相談”と書いたのには訳があります。
私「周りの子たちのしゃべる声がうるさいの?」
A「うん」
私「Aはそれが原因で集中できないのか」
A「…うーん」
私「あれ?違う?」
A「違わないけど…。花まるだと我慢できて。1年生とか2年生は小さいからうるさくても可愛いなって思えるけど、Think!は3年生しかいないのに…3年生なのにカッコよくできないからイライラしちゃう」
私「3年生になったらビシッとお話を聞いたり、静かに集中して取り組んだりできるようになるべきだ!ってAは思うんだね」
A「そう。でも、そんなことでいちいち怒らなくていいのもわかってて、でも怒っちゃう自分にイライラしちゃう」
驚きました。目の前にいる8歳の少年は、コントロールの利かない己の感情と葛藤し、なんとか折り合いをつけようと必死に戦っているのです。それと同時に、彼の冷静な自己分析と心根の優しさに感動しました。自分が同じ年の頃、こんなにも慈愛に満ちていただろうかと。私は、Aくんの相談に対して、まずは自分の心と向き合ったこと、それを言葉にできていることを大いに称賛しました。それができるのは当たり前のことではないし、大人だって滅多にできるものではないと伝えました。そのうえで、対話を続けます。
■誰でも最初は初心者なんだから
私「たとえば、『Aもう3年生だから大嫌いな野菜も食べられるようになるし、苦手なことも全部できるようになります!3・2・1、はい!』って言われてできるようになる?」
A「ならない」
私「だよな。魔法みたいだよな。『授業中、静かにする』ことも『好き嫌いせず野菜を食べる』ことも、できる人はできるし、できない人はできない。だからって諦めるわけじゃなくて、『じゃあどうしたらできるようになるか』を考える。最初から全部できる人なんていないから、みんな練習をするし、勉強をして少しずつできることを増やしていくわけよ」
A「いつもやってる」
私「そう。授業でいつもやってることと一緒。だから、大事なことを伝えると、まず『悪者はいない』ってこと。邪魔しようと思って邪魔しているわけじゃなくて、声の大きさの調整がへたっぴなだけだから、他の子を悪者だと思う必要はない。もちろんウギャーとか言ってて『わざと邪魔してるな』って思ったら注意するけれど(笑)」
A「(笑)」
その後Aくんには、先生は味方だから今後も感じたことは相談してほしいこと、それと同時に自分で集中力を高めて多少の騒がしさをシャットアウトできるようになってほしいことを伝えました。そしてAくんの話を傾聴し、大人に相談するきっかけを与えてくださったお父さんにも感謝を伝えました。それ以降、Aくんは吹っ切れた様子で、周囲の刺激は受けつつも、自分のペースを保つことができています。
■業の肯定
Aくん親子に帰り際、「落語はいいぞ」と伝えました。「落語は業の肯定である」とは立川談志の言葉ですが、私は教育、ひいてはコミュニケーションも同様に、業の肯定からすべてが始まる気がしてならないのです。かくいう私も最初はよく意味もわからないまま、聞き心地の良さだけで落語を聞いていましたが、いまや私の人間愛の根底は、落語によって形成されたといっても過言ではありません。というのも、落語の登場人物たちは、基本的に間抜けだったり情けなかったり、でも憎めない存在です。
落語を聞いていると「人間だれしも弱いところや情けないところはあるよね。でもそれが人間という生き物だから憎んでもしょうがない。可愛いなあ、愛おしいなあと肯定できたほうが生きていくのがラクになる」という考え方になるのです。
花まる学習会 臼杵遥志(2021年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。