【花まるコラム】『だから元気で頑張れる~「温かさ」に誘われて』樋口雅人

【花まるコラム】『だから元気で頑張れる~「温かさ」に誘われて』樋口雅人

 幼少期。何歳頃だったでしょうか、眠りに落ちる瞬間を「怖い」と感じていた時期がありました。「人は必ず死ぬ」という真実に空恐ろしさを覚え、「死ぬ瞬間ってどんな感じなんだろう」「いつの間にか死んじゃうのかな」「もしかしたらこの『寝入る瞬間』と同じような感覚なのかも」と考えはじめると…不安で不安でなりませんでした。それでもいつの間にか意識は遠のき、翌日はなにごともなく日常がはじまっていましたが…毎晩床に入り「あ、もうすぐ眠りに落ちるかな」と感じた途端、そうした感情がどこからともなく湧き上がり…夢うつつのなか一人、不安におののいていたことをよく覚えています。

 1年生Yくん。慣れない小学校生活に何とか適応しようと頑張った1か月を経ての連休明け。朝起きられなくなったことを皮切りに、学校へは行き渋る、習いごとからは足が遠のく…花まるも連休明け初回は「疲れたから」との理由で欠席。毎年何件かは必ず寄せられる悩みでもあります。急遽実施した面談で聞くところによると、「入学を契機にいろいろなことに挑戦しよう」と目標を立て、学校生活と並行し頑張って実践していたとのこと。「自分の部屋で一人で寝ること」もその一つ。「もう小学生なんだから!」と張り切っていたYくん。少々頑張り過ぎてしまったのでしょう。が、「何となくやる気が出ない」を「何でかわからないけれどやる気になった!」に転換させるのは、さほど難しいことでもありません。私が提案したのは「たった一つ」でした。

 「寝付くまでで構いません。寄り添って、手を握って、一緒にお布団に入ってあげてください」

 翌週の授業。元気に出席してくれたYくん。目力、表情が違います。「お、これは!」と思い、お母さまに提案した「添い寝効果」について授業後お聞きしてみたところ…予想通りのお返事がありました。

 「めちゃくちゃ効果ありました! すっかり元気に登校できるようになりました!」

 たびたびお伝えしてきた、スキンシップの重要性。連休明けのこの時期こそ、大いに効果を発揮する「秘策」として…これまで多くの子どもたちに元気をもたらしてきました。人はなぜ日々溌剌と過ごしていけるのか、なぜ目の前の事象に対しポジティブに向き合えるのか…それらはすべて「理屈」ではありません。心に深く根差した「生きる構え」、それこそ「魂」の志向するところにあります。誰もがみな、温かな母胎のなかで想いを注がれ、愛情に包まれ、祈りを込められ…やがてこの世に生を受け、慈愛にあふれた無数の眼差しを浴びる―—自身はすべからくそんな「満たされた存在」であるという記憶…ただ忙しない現実のなかでは、それらをどこかに置き忘れてくることだってあるでしょう。が、たとえ「脳」は忘れていても「皮膚」は覚えています。生命体が地球に誕生して40億年。「脳」という器官ができたのはわずかに5億年前。それまでの35億年という膨大な時間に、その代わりを務めていたのは生命体の最外層…それが人間で言うところの「皮膚」なのです。新生児は視覚も聴覚も不完全な状態ながら、「触覚」だけは完成された状態でこの世に生を受けます。人間は老いとともにさまざまな器官からその能力が失われてゆきますが、最後まで健全な状態で残るのが「触覚」であるのだそうです。この事実だけを取ってみても「皮膚」すなわち「触覚」の与えてくれる情報、どれだけ大切なものであるかがおわかりいただけるでしょう。疲れたときこそ「脳」を休め、太古の昔に存在を司ってくれていた「皮膚=触覚」に依拠するべきなのかもしれません。「自身がいかに愛されてきた存在であるのか」を存在の根底から納得できる、またとない機会になることでしょう。

 私は毎晩深夜過ぎ、床に入る際…すでにぐっすり眠っている二人のわが子をそばに引き寄せ、手を握り、足を絡めて横になります。触れた皮膚から伝わってくる「温かさ」、そして「幸せ」…何という満たされた想いでしょう――人生の最期、この想いとともに旅立てたら最高だな――幼き頃、寝入り端に言いようのない不安を抱いていたあの夜から何年経ったでしょうか。いまあらためて、わが子との「魂」のめぐり合わせに…深く深く感謝している次第です。

花まる学習会 樋口雅人(2023年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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