低学年コースの精読教材「さくら」は、とある物語を読み聞かせるところから始まります。物語を最後まで読んでその内容についてクイズを出そうとしたそのとき、1年生のSくんが「ねぇねぇ、この続きは?」と言いました。「続きはないよ」なんて、言いません。物語の終わりを“終わり”ととらえずに次の章への扉を開くSくんのようなやわらかい発想を、ずっと大切にしたいからです。そう思えるのは、「いまはまだない物語の続きに出合えるかどうかは、自分の心次第」だと教えてくれた、6年生Tちゃんとのできごとがあったからでした。
どんなことにもまっすぐ向き合い、コツコツ努力を続けて結果を出してきたTちゃん。ある日の授業で、作文に取り組もうとして顔を曇らせました。書きたいことが思いつかないのではなく、どう書き出そうかと悩んでいるのでもなく、「私の作文は、このままでいいのだろうか…?」と自分自身に問いかけているようでした。話を聴いてみると、「私はお友達と楽しく遊んだこととかを、書けないから…」とポツリ。Tちゃんは読書が好きで学校の休み時間を図書室で過ごすことが多く、花まるの授業で毎回取り組む作文には“心に残った物語”をよく書き留めていました。「そうやって過ごしてきた時間は自分にとって大切なものだけれど、もっと友達との時間を楽しむべきだったんじゃないか。そういう作文を書けるみんながうらやましい。私もそんな作文を書いてみたい。でも、私には……」そんな思いが彼女の心のなかで渦巻いていたようです。
実はこの日、授業の冒頭で「来月はいよいよ、年に一度の作文コンテストです」とアナウンスしていました。毎回本気でコンテストに臨んできたTちゃんですから、最終学年での作品づくりにかける想いはひとしおです。本番に向けて日々の作文への意識も高まったタイミングでふと、「本当は、作文で友情を語れちゃうくらいに友達との思い出をたくさんつくりたかった」という思いがあふれてきたようでした。
自分らしい作品を追求することは、自分自身と向き合うこと。「こういう物語を紡げる自分だったらいいのに」という思いは、誰かに読まれる文章を書こうとすれば誰しも抱くものでしょう。そのときに「自分には、題材にできるような経験がないんだ」と諦めてしまっては、物語の扉は開きません。作文に書きたいから何かを経験してみる、という順番だって構わない。いまの自分が語れるストーリーのその先へ、一歩踏み出してみればいい。そう思ってTちゃんに、「いま、思い当たるエピソードがなくても大丈夫。Tちゃんは、どんな作文を書きたい?」と尋ねました。その日は「うーん…」とすぐには言葉が続かなかった彼女でしたが、友達について語りたいという思いはむくむくと大きくなっていったようでした。
作文コンテスト当日。Tちゃんはちょっぴり不安そうな、でも書きたいエネルギーに満ちあふれた表情で教室にやってきました。何度も書いては消して、照れくさそうに私のところへ持ってきた彼女の作品には、ずっと自分の友達は本だったこと、けれど図書室に行けば自分と同じように本好きの子がたくさんいることに気がついたこと、勇気を出して何度か話したことがある本好きの子に話しかけてみたこと、本について友達と語り合う時間がどんなに楽しいかを知れたことが、力強い字で書かれていました。
作文コンテストをきっかけに新たな一歩を踏み出し、また一つ強くなった彼女が、これからどんな物語を紡いでいくのか楽しみでなりません。人生の物語には、新しいページを続けることができる。別の話ではなく、続きだからこそ味わい深い。そこへ一歩踏み出すワクワクを、届けていきたいと思います。
花まる学習会 清田奈甫(2023年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。