【花まる教室長コラム】『真心』高橋大輔 2019年7月

【花まる教室長コラム】『真心』高橋大輔 2019年7月

 人は「言葉」の中で生きています。特に、子どもたちは私たち大人以上に言葉に敏感です。その「言葉」とは、口に出す言葉だけでなく、文字として残る言葉もあります。きれいな言葉、汚い言葉、優しい言葉、厳しい言葉、…込められる意図や想いは様々ですが、言葉は自分に返ってきます。実際に痛い思いをしなければわからないこともたくさんあります。私自身がそうでした。

 高校生時代、私はまさに反抗期のまっただ中。自分のことをわかってくれていない、放っておいてくれ、様々な思いが混ざり合い、日々解消できない葛藤と闘っていました。その気持ちが爆発したあるとき、母に対して「何で(私を)産んだんだ!」という言葉を投げつけた記憶があります。いま考えれば、本当にひどい話です。母の顔は見られず、逃げるように自分の部屋へ逃げ込む私。そのときには後悔の念しかありませんでした。「何であんなことを言ってしまったんだろう」「母はどんな気持ちだろうか」…言葉は一度発したら消えるものではありません。胸の痛みは、いまだに心の奥底に刻まれています。そのとき、言葉に対して初めて「責任」をもちました。

 その後、何をする気力もなく、部屋に籠ること数時間。深夜になって、母がそっと夕ご飯を私の部屋の前に置いてくれました。夢中で平らげ、母のいる寝室へ。何を言おうかと考えていたわけではありません。ただ、床に入っている母に対し、一言「ごめん」と。すると、母から言葉が返ってきました。

「おやすみ。また明日ね。」

 母の顔は暗闇の中で伺うことができません。ただ、いま思えばおそらく笑っていたのだと思います。その声がいつも以上に柔らかかったから。
 そのときの母の言葉は、私の胸にスッと届きました。
 怒り、悲しみ、やるせなさ…母の心にも様々な感情が渦巻いていたはずです。それらを包み込んで発してくれた「また明日ね」の一言。その言葉に救われたのです。
 翌朝、いつも通り「おはよう」と声をかけてくれた母に対し、いつもは目も合わさず、返事もしなかった私ですが、顔を上げて小さな声で「おはよう」と返すことができました。昨晩の胸の痛み、母の言葉を思い出したからです。
 もちろん痛い思いをするだけではありません。言葉が心を健全に育てていく例がたくさんあります。

 先日、連絡帳で、あるお母さんから「わが子の誕生日にメッセージカードを送った」というエピソードを教えていただきました。その子は、これまではサッと読んでおしまいのところ、何度も読み返し「泣きそう」と目をウルウルさせていたとのこと。そこで出てきたのが「すごく嬉しい」という言葉だったそうです。
 想いは伝わる。いつか響く。
 改めてそのことを教えてもらいました。きっと、その子の心の中に、気持ちを受け止めるだけの土壌ができていたのでしょう。毎年メッセージカードを送り続けたお父さんお母さん。その子の心に想いが届き、何倍にもなって言葉が返ってきたことが、自分のことのように嬉しかったです。コメントを返す手にも自然と力がこもりました。

 ふと、私の頭の中に浮かんだのは「真心」という言葉。
 相手のことを想う、嘘偽りのない気持ちです。
 寝床から聞こえてきた母の声。
 大好きだよ、応援しているよ、ありがとう、愛情たっぷりの言葉で締めくくられていた連絡帳。
 受け継がれるものは、心。次世代に残したいのも、心。

 今日も明日も明後日も、真心をもって子どもの前に立ち続けます。

花まる学習会 高橋大輔


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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