【花まるコラム】『1227日』樫本衣里

【花まるコラム】『1227日』樫本衣里

 ~3年前のサマースクール「サムライの国」に参加した、当時2年生のAくん。はじめてのサムライ合戦では、高学年の子どもたちの気迫に立ち向かうことができず惨敗。
 ~2年前の夏。和歌山城で行われた「花まるサムライ合戦」。3年生になったAくんは「次こそは」と参加。高学年が多い他軍の勢いには敵わず惨敗。
 ~今年度、サマースクール「サムライ合戦全国大会」。5年生になったAくん。リベンジを果たしたいと申し込みをしてくれたのだが、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のため、あえなく企画が中止に。涙をのんだ。
 そして先日12月末。「真冬の外遊び王国」の中でサムライ合戦を行うことになった。Aくんは3年越しの悔しさを晴らしたいと、いち早く参加を決めた。

 2021年12月28日。戦いの火蓋が切られた。
一人ひとり「命」となる紙風船を足につけ、その紙風船をスポンジでできた剣で割られたり落とされたりすると負け。さらに軍の大将の「命」が割れた時点で、戦いが終了するというルールだ。
 1回戦スタート。「大将になりたい人?」という問いかけに、Aくんが手を挙げた。何の迷いもなく、力がこもっていた。初めて参加する子どもたちも多く、まずは経験者のAくんが大将となり、1回戦が始まった。最初の合戦ということもあり、皆「我こそは」と個人個人で敵陣に突入し、Aくんの軍の数はみるみるうちに減っていった。最初、彼のまわりに「大将の護衛」としてついていた子どもたちも次々と風船を割られ、肩を落として陣を後にしていく。
 Aくんの仲間で残っているのはわずか3人、一方、相手の軍にはまだ十数人が残っていた。このままでは、自分が攻められ負ける。そう判断したAくんは、行動に移した。取り囲まれている輪からパッと飛び出し、相手の軍に自ら切り込んでいったのだ。それと同時に、敵軍の子どもたちもわっと彼を追いかける。サッカーが得意で、走ることに自信があるAくん。ものすごい速さで、敵軍の大将のもとへ走り込む。ただ、人数が違いすぎる。陣のなかを縦横無尽に駆け回ったが、ついには四方から囲まれ、あえなく紙風船を割られてしまった。その瞬間、立ち竦むAくん。走って駆け寄ると、Aくんは大粒の涙を流し、声を上げて泣いていた。3年前からずっと心に抱いてきた想い。その大きさを、とめどなくあふれる涙の量が物語っていた。
 合戦はまだまだ続く。大将は別の子に変わり、真剣勝負は続いていた。序盤は負けが続いていたAくんの軍も、軍議を重ね、次第にそれぞれが自分の役割は何か、仲間のために何ができるか、それを考え、戦うことができるようになってきた。
 …そしていよいよ最終決戦。
 「大将をやりたい人」という問いかけに、Aくんがすっと手を挙げた。最初のような勢いこそなかったが、静かな決意のこもった姿があった。ほかの子どもたちも「そうだよね、Aがんばれ!次は絶対いける!」と彼の決意を後押しした。私は救護担当で参加していたため、ケガをした子の対応で合戦の会場からは離れていた。「A、頑張れ!みんな頑張れ!」そう思いを込めて。
 笛の合図とともに、応援する声が会場に響く。歓声が沸くたびに「勝敗はついたのか」「Aくんはどうなのか」、状況がわからない分、余計に緊張と興奮が入り混じる。
 そして、「ピピピー!」終了の合図が鳴った。同時に会場から「わ~!!!」という声が聞こえた。会場を覗いてみると、Aくんが泣き崩れ、仲間たちが走って駆け寄る姿が見えた。「どっちだ?」と一瞬思ったが、子どもたちが飛び跳ねている様子から勝利を確信した。中心に、Aくんがうずくまっていた。思わずAくんのもとに駆け寄り、「がんばったね~!よかったね!!」と背中をさすった。「うんうん」とうなずくAくん。いままでの悔しさ、勝ちたいという積み重なった想いが、全部涙となってあふれ出ていた。

 いままで悔しさを飲み込んだ分だけ、この日の勝利は格別だっただろう。3年間1227日分の想いは、大きな自信となって彼の心に刻まれた。自分の思い通りにいかない経験、苦い悔しい出来事は、行動を止めない人にとって、いつかやってくる格別な成功体験の前哨戦なのかもしれない。そんなことを確信する熱い熱い戦いだった。

花まる学習会 樫本衣里(2022年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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