Aちゃんは期待と興奮に目を輝かせていました。
「次は何のコースがあるんだっけ? みんなはどれに行くの?」
盛り上がるのは大変結構なことだが、そろそろ授業を始めよう。尽きない話を一度遮るようにして挨拶をしました。
この春、1人の女の子が「あること」でやせ我慢をしました。悩み、何度もいやがり、拒んでいました。家族と離れて2泊もするなんて想像もつかない。初めて雪国スクールに参加したAちゃんの話です。
Aちゃんの不安を解消するためにどうしたらいいか、数か月前からお母さんと打ち合わせを始めました。Aちゃんが1人っ子であること、人見知り、場所見知りが多くてなかなか自分から声をかけられない性格であること、親元を離れる経験をしてたくましくなるように願い、野外体験に参加させるために入会を決意したことを教えてくれました。また、私はAちゃんと数人の子たちが一緒にいるところで野外体験の魅力を伝え、そのなかで参加したことのある子もどれほど楽しかったかを語りました。そのときは笑顔で聞いています。でも不安は消えない。Aちゃんとお母さんとで話をしようとすると、先ほどと打って変わってニコリともせず、
「いや、いい。そんなに野外体験に行かせようとするなら、もう辞める」
そこまで言われてしまってはこれ以上無理に説得するわけにはいきません。結局、サマースクールも年末雪国スクールも直前で申し込みを断念し、参加しませんでした。
今年度中の参加は難しそうか…。○年生になったから挑戦してみよう! と次の夏にどんな声をかけるかを考えていた矢先、3月雪国スクールの申し込み開始日にAちゃんの名前を見つけました。正直、二度見しましたし、目を疑いました。年末雪国の開催から半月後に、急に心変わりすることを誰が想像したでしょう。すぐにAちゃんのお母さんに電話しました。すると、意外な言葉が返ってきたのです。
「本当は行きたいと思っていた。でもそこまでの勇気が出なかったと聞いて、私も意外でした! あれほど拒んでいたのに、今回は自分から行ってもいいよと言ってきて」
その後、私もお母さんも心変わりのきっかけが何だったのかAちゃんに確認しましたが、結局わからないまま出発当日を迎えました。
Aちゃんは不安そうな顔をして集合場所に現れました。笑顔は一切ありません。自分の決断を後悔する気持ちもあったかもしれない。そんな葛藤が表情から伝わってきます。私と集合場所が同じこと、同じ日程で行くことは事前に伝えていませんでした。なぜならば、この瞬間までのやせ我慢が必要だからです。自分の気持ちに折り合いをつけ、初めての環境でも楽しさを見つけ、実感するなかで自信をつけていくと信じているからです。
お母さんもまた悩んでいます。参加してほしいと思っている。でも、目の前のわが子を見ると、いやいや行かせても良い経験にならないのではないかと思ってしまう。行かせるからには楽しんできてほしい。誰もがそう願っているに違いありません。それが親心です。
ただ、私たちが子どもに経験してほしいことは、楽しい思い出作りではない。結果として楽しかった経験ならばそれは最高です。しかし、必ず心のなかでやせ我慢をする場面はあるはずです。初めて会う子ども同士が一緒に生活をすれば、普段とは違う不自由さがあって当然。むしろ、そういう不自由さのなかで問題を解消、解決していくことが生きた学びでしょう。
これまで多くの子を見てきて、何かに挑戦する際に心の壁を大きくし過ぎていると感じることがあります。不安が先行してしまい、ワクワクする思いが濁ってしまう。Aちゃんがまさにそれでした。だから私は、不安に感じることは否定せず、不安のぶん、それ以上に楽しいことが待っていることを子どもたちに話します。そのために、ときにはやせ我慢は大事だと伝えています。その話が時を経て、Aちゃんに届いたのでしょう。
さて、最終日の解散地では同じ班の子が一人また一人と帰るたびにAちゃんは「またね~!」と手を振り、見送っていました。
「子どもはたった数日で、こんなにも想える友達ができちゃうものなんですね。いまから思い出話を聞くのが楽しみです」
その姿を見ていたお母さんが静かにおっしゃっていました。3日間の成長をひしひしと感じたのでしょう。
Aちゃんの次の物語が楽しみです。
花まる学習会 中山翔太(2023年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。