昨年度、5年生だったとある男の子と面談をしました。最高学年の6年生まであと少し。「1年間を振り返って成長したところはどこだと思う?」と聞きました。すると彼は、「忘れ物が減ったことだと思う」と答えました。続けて、「いままでは忘れ物をしても、まぁいいやと思っていたんです。怒られることにも慣れてしまって、それが当たり前になっていたというか…。でも、大人になったらこれじゃだめだなって。このままの自分じゃだめだって思ったんです」流暢な敬語で、彼は力強くそう言いました。
本人が言うように、4年生の頃の彼は、宿題忘れの常連さんでした。
――遡ること2年。
毎週、宿題を忘れては居残り。それでも、やりたくない様子も、モチベーションが下がっている様子もなく、むしろにこにこしながら居残りをして1週間分の宿題を終わらせる。どんな状況でも楽しめる力とちょっとやそっとのことではくよくよしない精神力。「宿題を忘れた」ということをこちらが忘れてしまうほどです。
居残りを続けていたある日、彼に転機が訪れました。完璧ではないものの、宿題を自宅でやる、という行動への一歩を踏み出すことができたのです。国語の宿題はやってこられなかったものの、彼なりの頑張りはひしひしと伝わってきたので、できたところは120%のほめほめシャワー。できていなかったところは丁寧に伝え直しました。伝えたことを素直に受け入れ、「次は頑張る!これはあとでノートに写しておこうっと!」と相変わらずの前向きさです。授業が終わり、「さようなら!」とあいさつをして帰って行く姿を見送った数分後、「先生!忘れ物した!」と教室に戻ってきました。「何を忘れたの?机のなか?」と聞くと、「ううん!ちがう!国語の宿題!」と言いました。私が頭にはてなマークを浮かべていると、彼はカバンから国語のテキストを取り出し「次の国語の宿題のところに、ここをやる!って書くのを忘れたの!」と一言。その日の宿題を忘れてしまったので、次は忘れないようにどこをやるかの確認と、自分のテキストへの書き込みをしに戻ってきたのでした。
彼が取りに戻ってきた忘れ物。それは、次回の自分の忘れ物を減らすための工夫だったのです。その日から彼は少しずつ変わっていったように思います。時間が経つと、宿題忘れの常連さんが顔をのぞかせることもありましたが、6年生になるまでの長い時間をかけて着実に階段を上っていきました。
そんな背景があっての、面談での彼の言葉。ずしん、と来るものがありました。さらに、目標を聞くと彼は真剣な面持ちでこう言いました。
「6年生になるから宿題をちゃんとやりたいと思います。お父さんお母さんは僕の100倍頑張っているから、僕はいまやるべきことを頑張りたいです。」
彼は言葉の通り、6年生になったいま、毎週の宿題を忘れずにやってきています。それは決してやらされ感からではなく、自分の意志で。忘れ物をしていたあの日々は、彼の踏み台となっていたのです。
子どもたちはこうして大人への階段を一歩ずつ上っていきます。エスカレーターを昇るようにスムーズに上っていく子もいれば、障害物にぶつかりながら長い階段を上ったり下りたりしてゆっくり歩みを進めていく子もいます。
でも、大丈夫。必ず頂上にたどり着く日がくるから。
もしも、子どもたちが立ち止まりそうになったら、そのときはそっと背中を押すお手伝いをさせてくださいね。
花まる学習会 豊田星那(2022年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。