【花まるコラム】『さなぎ』柳澤隼人

【花まるコラム】『さなぎ』柳澤隼人

 小学2年生から6年生まで、毎年5月から9月にアゲハチョウの幼虫を飼っていました。家の近くに柑橘系の木がたくさんあり、そこで見つけた幼虫や卵を持ち帰り、観察と飼育を繰り返していたのです。学校の帰り道にはそこに寄るのが日課となっていました。毎日増える幼虫たちによって虫かごは2つ、3つ、4つ…と増えていき学習机の上、本を置くスペースのすべてが虫かごで埋め尽くされていました。

 2年生の自由研究で、孵化から成虫になる様子を写真に収め、まとめました。人間と違い、脱皮を4回も繰り返し、さなぎとなり、成虫になる姿に不思議さと命の尊さを感じたことを覚えています。特に私が心を奪われたのは「さなぎ」です。幼虫は柔らかく、ゆっくりとですが動き、葉っぱを食べることで生き続けます。一方さなぎは、強固で、自力で動くことなく、何も食べずに生き続け、きれいなチョウになります。その違いが不思議でたまらず、私の興味を掻き立てたのです。

 初めて飼育していた幼虫がさなぎになったとき、それはもう飛び跳ねて喜びました。さなぎになるということ、形が変わるということを「知っている」のと実際に「見て実感すること」に大きな差があることをこのときに体感したと言っても過言ではないしょう。動いていないさなぎを見て、毎日のように死んでないか確認するために触れていました。普段は動かないさなぎが触れたときだけ体をくねらせ、小さな「ギュッ」という音を立てるおもしろさも発見し、きれいな大きいチョウになるように願いを込めて撫でていました。数日後、ついに羽化の瞬間がやってきました。さなぎが段々と透明になり成虫の姿が見えてくる感動と、殻を破って出てきたときの喜びは計り知れません。「うわぁー!」と感嘆の声をあげ、ジッと見守り、羽を広げる美しい姿に胸を膨らませていました。

 しかし、その想いは打ち砕かれることになります。30分しても羽がうまく広がらないのです。1時間しても2時間しても。やがてそのチョウは力尽きてしまいました。羽を広げることなく、大空に羽ばたくことなく、虫かごの下に横たわったのです。当時の私はその状況を理解できず、自分の育てたチョウが飛び立つことを願っていたその夢が叶わなかったことに大粒の涙を流しました。

 そしてさらに、私に絶望が待っていたのです。当時はネットが普及していなかったので、羽が広がらない理由を図鑑で調べましたが載っていませんでした。私の叔父が高校の理科の先生であり、チョウの研究をしている者だったので、夜ごはんを食べたあとに電話をして状況を説明しました。すると返ってきたのは「さなぎは触ってしまうとストレスでうまく羽化できないことがある」という言葉でした。さなぎになった嬉しさときれいなチョウを夢見るあまり、私が触れすぎてしまったことが原因だったのです。

 幼虫からさなぎになりチョウに羽化することを、専門用語で「変態」といいます。字のごとく状態が変わることを言います。言葉の意味の本質は、「これまでの自分を捨て去ってまったく違う自分になること」です。さなぎのとき、幼虫だった自分をドロドロに溶かし、それを栄養分としてチョウへと変貌をとげます。人間でも、見た目は変わらなくても同じことが起きると私は思っています。たとえるなら低学年の時期が幼虫です。柔軟で目の前のものを味わい尽くす時期です。それが4,5年生になるとさなぎの時期に入ると思っています。これまでのなんでもできるという根拠なき自信を一度隅っこに置き、その自信を心の拠りどころにしながらできないものに向き合う自分を作り上げ、自分の足で未来に進めるように準備するのです。さなぎの時期の中身はドロドロです。いいことも悪いことも、いわゆるカオスな状態が段々と整い、新たな自分の創造に向かっていきます。2年生の頃の私のように、このさなぎの時期に触れてしまうとチョウはうまく飛び立てません。

 さて、一足先に花まるを卒業する3年生の子がたくさんいます。ここからは自分で大空に飛び立っていくための練習の期間です。自分で自由に飛ぶには時間がかかります。みんなは覚えていないかもしれませんが、赤ちゃんのときに転ぶことなく自由に走り回れるようになるまで2年くらいかかっているはずです。ここからその2年がやってきます。この2年間はたくさん転びます。そのたびに起き上がり、また一歩を踏み出すのです。いっぱい転び、そのたびに強くなって一緒にきれいなチョウになりましょう。

 

花まる学習会 柳澤隼人(2023年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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