「今日、教室へ遊びに行ってもいいですか?」
突然携帯に連絡が入り、卒業生で現在中学2年生のTちゃんが教室へ来ました。
「最近流行っているんだよね」
そう言うと、彼女は携帯を取り出し、写真や動画を見せて、さまざまな話をしてくれました。
「先生、実は聞いてほしいことがあって」
Tちゃんが深刻な表情で話し出しました。
「成績が上がらなくて…」
彼女は私立中学に通っており、日頃からコツコツ勉強をし続けてきました。しかし今回のテストで良い結果が残せず、さらにはうしろの席の子が国語で学年1位を取ったことも影響し、劣等感を抱いていました。
「…数学好きじゃないんだよね」
そう言って、うつむき指先をいじるTちゃん。いま、数学では何を学んでいるの? と質問すれば、先ほどの表情から一変し、面倒くさいんだよと言いつつも楽しそうに話してくれました。
「Tは数学が好きなんだと先生は思うけれど?」
「好き=点数が取れるってことでしょう? 私、点数取れなかったから好きって言えないよ」
またうつむいてしまいました。私自身も好きだということを言えず、彼女のように悩んだ時期がありました。
「好きと点数とは別のものと考えてもいいんじゃない?」
好きとかテストとか…の前に、好きなものを語る彼女の瞳は光輝く宝石のようで魅力的です。その姿は一緒に授業をしていたときとまったく変わっていません。私の思いを伝えると彼女は、ほかの教科についても止まることなく語り尽くしました。
「先生ありがとう! また話を聞いてくれる?」
「もちろんだよ。待っているよ!」
「先生って変わらないよね。また頑張ります」
そう言って何度も振り返り手を振って帰っていく彼女の姿を目で追いながら、「変わらないのはあなたも一緒だよ」
そう呟いていました。
「先生、間違えてかけちゃった!」
授業後、携帯が鳴りすぐに切れました。驚いて画面を見てみると、4年前に担当していたAちゃんのお母さまからでした。何事かと思いかけ直したところ、Aちゃんの元気な声が耳に飛び込んできました。誤作動で電話をかけてしまったそうなのですが、それから1時間も話し込みました。彼女が花まるを離れたのは小学4年生のとき。当時は算数に苦手意識をもっていて、毎回のように居残りをしていました。割り算の筆算特訓でうなだれていたAちゃんが昨日のことのように思い出されます。
「4年生のとき、居残りしてたのを覚えている? 先生と特訓したおかげで、いま数学が得意になったんだよ」
思いもよらない言葉に、驚きました。Aちゃんの「居残り」といえば、涙を流しながら「もうやりたくない!」と叫ぶ姿が印象的だったからです。
「あのとき、一緒にずっとやったじゃない? 怒らず、ずっとついていてくれた、あの経験がいま活きているんだよ!」
「そうなんだね! すごいじゃん」
「友達にね、数学を教えてほしいってよく言われるの。先生に教えてもらったときみたいにすると、みんな喜んでくれるし、解けるようになっていくの。それが嬉しい」
彼女が数学を好きという日が来るなんて思いもしませんでした。嬉しい気持ちなのか、感動したからなのか、私は大粒の涙を流していました。成績で一番良いのが数学だということ、考える過程が楽しく答えにたどり着けないと気持ち悪いこと、悔しい気持ちも人一倍感じることも教えてくれました。
「先生って変わらないよね! 安心した。また会いに行くね」
そう言って、Aちゃんは電話を切りました。
私は、恩師のY先生といまでも連絡を取り合っています。当時、少しでも時間があれば会いに行き、他愛もない話から深刻な話までしていました。社会人になったいまでも、先生に伝えたい! 話したい! という気持ちは変わりません。声のトーンも話し方も、かけてくれる言葉も当時から何一つ変わらないことから、先生と話すと安心し、話しているうちにまた頑張ろうと前を向けるのだと思い出しました。
日々変化する世界で、自分自身が変わっていくことも生きていくうえで大切なことです。ですが、Y先生のように変わらない人の存在があることも大事であると感じています。TちゃんとAちゃんから言われた「変わらない」という言葉も、そういう意味だといいなと願い、大事にしていきたいと思います。
花まる学習会 吉田いつむ(2022年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。