【花まるコラム】『強く、しなやかに』 小林駿平

【花まるコラム】『強く、しなやかに』 小林駿平

 先日の年長クラスでのこと。テキストに描かれた歪な図形に鏡を当て、一度は目にしたことがあるだろう形を発見する「鏡映し」という思考実験をおこないました。ファーストステップは「何かに見えそうな図形」を歪な図形のなかから探し出すこと。セカンドステップはそこにうまく鏡を当て、「一度は目にしたことがあるだろう形の全貌」を明らかにすることです。
 たとえば、うさぎの顔。まずは歪な図形のなかから、うさぎの顔の左半分に見えそうな形を探します。そのあとに、鏡をうまく当てて覗き込むと、そこにはきれいなうさぎの顔が映し出されます。これは図形の対称性を体感する思考実験です。

 「うわあ…! あった! いたよ、うさぎ!」。ファーストステップで「多分、うさぎだろうな…!」と予想を立て、恐るおそる鏡を置き、本当にうさぎが映し出されると、世紀の大発見をしたかのように飛び跳ねて喜ぶ子どもたち。何かを発見したときの嬉しそうな顔といったらもう…思い出していまでもにやけてしまうほどかわいいものです。

 「教えて、やらせる」。これは幼児期の子どもたちにとって、意味を持ちません。なぜなら、この時期の子どもたちは論理的思考力ではなく、直感力に優れており、センス、感覚が磨かれる時期だからです。自分で考え、やってみて、体感することでこそ、主体的な学びが生まれます。
 実はテキストには意欲を掻き立てる仕掛けがいくつも隠されています。うさぎを見つけ出すページにはそれ以外にも“隠れキャラ”が潜んでいるのです。
 「うさぎが見つかったら、ほかの場所にも鏡を置いてみるといいかもね! 何かが隠れているかも…!」とつぶやくように伝えると、子どもたちの意欲に火がつきます。じーっとテキストを見つめ、あらゆる方向に鏡を置き始める子どもたち。1分も経つと、ある子が気づきます。「やった~! いたよ、クワガタ!」と大喜び。同じページにクワガタも隠れていたのです。その子は一躍みんなのヒーローに。負けじとまわりの子も「ほかにも何か隠れていないか」と探し始めます。

 そんななか、冴えない表情を浮かべるAさんの姿が。いつもは元気いっぱい、好奇心旺盛なAさんが、いまにも泣きだしそうな顔をしています。「A、どうした?」と聞いた瞬間、溜まっていた想いがあふれだしました。「…見つからないんだよ~。クワガタがいないんだよ~」と大粒の涙とともに伝えてくれました。Aさんは何でもまずは自分でやってみようとする頑張り屋さん。“隠れキャラ”が見つからず、でも何とか自力で見つけ出したいとがんばっていたのです。そんなAさんの姿勢を言葉にして認めつつ「じゃあ、先生と一緒に探してみる?」と伝えると、「…うん」と力強くうなずきました。このしなやかさもまた、Aさんの素敵なところです。意固地にならず、頼るところは頼る、自分でやるところはやる。気持ちを切り替えて、クワガタ探しに夢中になっていました。そしてついに「いた! いたよ、クワガタ!」と満面の笑みを浮かべるAさん。頬にはまだ涙のあとが残っていました。

 Aさんが見せた強さとしなやかさ。これらは決して相反するものではありません。「子どもに任せる時間」と「一緒に取り組む時間」をバランスよくとっていくうちに、必ず磨かれていくものだと信じています。

◇ ◇ ◇

 わが家には1歳になる娘がいます。先日、保育園での様子が綴られた連絡帳に目を通していると「おもちゃの取り合いで、『う~…!あ~!!』と言いながら必死にお友達にとられないように守っていました」との一文が。小心者の私は「トラブルになっていないだろうか…。このままで大丈夫だろうか…」などと不安に感じてしまいましたが、横にいた妻は意に介さず。「あっはっは~! こりゃたくましく育つね~」と一言。娘のたくましさは完全に母親似だな…と思うと同時に、娘の寝顔を見ながら、「任せる時間」と「一緒に取り組む時間」をとっていこう、と決意を新たにしました。
 花まるに通う子どもたちのように、強く、しなやかに育ちますように、と願う父親でした。

花まる学習会 小林駿平(2022年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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