【花まるコラム】『あなたの笑顔が見たいから』小川 凌太

【花まるコラム】『あなたの笑顔が見たいから』小川 凌太

 先日、2年生Aちゃんのお母さまから「うちの子の字が汚いんです!」と相談を受けました。これは、多くのご家庭が悩まれていることの一つでもあります。そこで、Aちゃんと授業で話をしてみました。幼児期ということもあり、客観的に自分の字を見るということは難しかったようで、「この字、どう思う?」と聞いてみても「わかんない」の一点張りでした。そこで、「書いた字は、読む人が嬉しくなるように見やすく書けるといいんだよ」と伝えました。すると彼女は「私がきれいな字を書いたら、お父さんもお母さんも喜ぶかな?」と言いました。「もちろん、喜ぶと思うよ」と伝えると、そこから彼女のなかで小さな変化が起こりました。彼女の書く字が少しだけ丁寧な字になっていたのです。授業後にAちゃんが書いた字を見せると、お母さまは大変喜んでいました。何よりも、その姿を見てAちゃんが一番嬉しそうな顔をしていました。

 Aちゃんのなかでの小さな変化のカギ。それは「大好きな人を喜ばせたい」という気持ちなのではないかと思います。「お父さんもお母さんも喜ぶ」という言葉に象徴されるように、子どもたちにとって、お父さんやお母さんの喜びは、何よりも嬉しく感じられるものなのです。その一心から、Aちゃんの字が丁寧に変化したのでしょう。こういった様子は授業に限らず、サマースクールでも見られました。

 サマースクールでは、夜にキャンプファイヤーをおこないます。キャンプファイヤーを楽しみ日没したあとには、満天の星空が待っています。みんなで星空を眺め、聞こえてくるのは川のせせらぎと虫の鳴き声。全身が自然の音に包まれ、そこにいる全員が自然の雄大さに浸っているときでした。一人の男の子が「こんなに綺麗な景色を見せたら、きっとお父さんもお母さんも喜ぶだろうなぁ」とつぶやきました。両親への真っすぐな愛情とともに、「きっと彼は、お父さん、お母さんが大好きなのだろうな」と温かい家族像が目に浮かびました。同時に「大好きな人だから喜ばせたい」と思うのだと確信しました。

 子どもたちが「大好きな人を喜ばせたい」と思う気持ちの源流には、「自分のことを自分よりも喜んでくれた人」という存在があるのだと思います。つまり、わが子の成長を、自分のことのように喜ぶお父さん、お母さんのことです。入園や入学、初めて自転車に乗れたあの日のこと、運動会で頑張るわが子の姿。そこにあるのは、自分のことではないけれど、わが子の成長を自分のことのように喜んできたお父さんとお母さんの姿。これらの行為はすべて「愛情を注ぐ」ということであり、「いっしょに喜ぶ」ということが子どもたちの心に残っているのでしょう。「お父さん、お母さんが喜ぶだろうな」と子どもたちが思う気持ち。これこそ、愛情を注がれてきた証なのです。「あなたの笑顔が見たいから」。この気持ちは、自分が褒められることよりも嬉しく感じるのでしょう。それゆえに、Aちゃんは少しずつ丁寧な字を書くように変化したのではないでしょうか。親がわが子のためならば頑張れるように、子どもたちも大好きなお父さん、お母さんのためならば頑張れるのです。

 先日、母の日がありました。私も自分の母へ、そして母になった妻へ贈ろうと、花屋で花を選んでいました。「母さんはこの花のほうがいいか。いや、でもこの色のほうが好きだろうな」「妻はこういう形の花のほうが喜ぶな」などと考えていました。プレゼントを贈るときの、「これなら喜んでくれるかな」とドキドキしながら選ぶ気持ち。気がつけば、1時間30分ほど花屋で悩み続けていました。思えば、この悩んでいた時間も思い浮かべるのは、母と妻の笑顔。そして、無事にその花が母のもとへ届くと、母からは「去年も同じ花だったよね(笑)」とメッセージが。思わぬ失態。それでも「嬉しかったよ。ありがとう」と返信が。「よし!」と心のなかでガッツポーズ。大人になっても「母の笑顔を見たい」と思う気持ちは同じなのでしょう。妻への花を片手に、いつもよりも少しだけ家路を急いだ母の日でした。

花まる学習会 小川 凌太(2022年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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