新年度、ピカピカのランドセルを背負って学校に向かう子や、幼稚園のバス停でお母さんを求めて泣く子たちを見ると、春が来たのだな、と感じます。
私は、母のほうが寂しくなるくらい幼稚園の行き渋りがなかったそうです。そんな私が初めて幼稚園で1日過ごした日、幼稚園バスから降りてくると、めずらしく号泣していました。いよいよ親と離れるのが寂しくなったかと思いきや、
「お弁当が足りないー!」
と母に泣きついた私。食いしん坊なわが子に母は拍子抜け。次の日から2段のお弁当箱に変わりました。
ただ、多くの子どもは、安心できる親元から離れて新しい環境に一人で乗り込むことに不安を感じるでしょう。そんなときでも食にしか興味がないのは私くらいかもしれません。
花まる学習会も、初めて来る子にとっては何だかわからない未知の場所。4月は教室への足取りが重い子も少なくありません。
年長のHちゃんは、初めて授業に来た日、緊張した表情で席に座っていました。授業が始まると、まわりの「イェイ!」「できた!」の声に驚き、固まってしまったHちゃん。そこから小さな不安が重なっていき、次に開くページが見当たらなかったとき、ついに泣き始めてしまいました。数分後に少し落ち着いて涙は止まりましたが、今度は心を閉ざしたように表情をなくしてしまい、授業が終わると逃げるように走って帰っていきました。
次の週、Hちゃんは泣きながら教室に入ってきました。なんとか席に座るものの、涙は止まりません。そのまま授業が始まりました。途中、アイスブレイクとして先生とじゃんけんをすることに。見ると、Hちゃんの手元が小さく動いていました。そして、じゃんけんをするうちに、Hちゃんの涙はだんだんと引いていきました。
その日、音読のページで大きな声は出なくてもテキストを手に持つことができました。リズムに乗って線をなぞる運筆のページでは、書くことはできなくても鉛筆を持つことはできました。固まって何もできなかった初日から考えると、大きな一歩です。そうした成長を本人に一つひとつ伝えながらテキストに花まるをつけていくと、徐々に緊張が解けてきたのか、自分から動けるようになってきたHちゃん。この日の思考実験は、2色のピースを組み合わせて指定された模様を作る問題。Hちゃんは、自らよく手を動かして考えながら形を作り、全部の問題を解ききりました。
次の週、授業に来たHちゃんの目にもう涙はありません。それどころかお友達の手を引いて
「この子、今日が初めてなの! どこに座る?」
と、花まるの先輩としての頼もしささえ生まれていました。授業中の「イェイ!」「できた!」にも、もう迷いはありません。大きく両手を伸ばして声を出し、授業を楽しむHちゃん。素敵な笑顔もたくさん見られるようになりました。
教室で子どもたちの成長している姿をたくさん見てきましたが、成長を願えば願うほど、「もっとこうなってほしい!」と思いが込み上げ、焦ることもあります。しかし、大切なのは小さな成長をともに喜び、信じて見守ることなのだということを、Hちゃんが教えてくれました。Hちゃんが音読でテキストを持てたあの日に、「もっと声を出して音読をしよう」と言っていたら、きっとHちゃんは委縮してしまったことでしょう。ゴールではなく、過程の「できた」を認めていくことで、子どもたちは自分のペースで成長することができるのです。
子どもたちにとって花まるの教室が安心できる居場所になるよう、楽しく授業をしながら成長を見守ってまいります。
花まる学習会 鈴木弥生(2022年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。