Ｓくんとは1年生のころからの付き合いです。にやりと笑ういたずら好きな男の子。花まる学習会は年中から、私の担当するアルゴクラブを1年生から始めました。アルゴクラブが掲げる題目「あそびとしか思えないなかで算数脳を鍛える」を体現するように、楽しみきる姿が印象に残っています。
野外体験には毎シーズン参加していました。ふいに私が
「Ｓは野外体験のレギュラーだなぁ」
と言ったのをしかと受け止め、
「僕は野外体験のレギュラーだから！」
と言って聞かなかったんですよ、といまでもお母さんにチクリと刺されます。
どちらかといえばおっとりとした性格で、勝負ごとに熱を入れるタイプではありませんでした。4年生のころには、考えることに対して情熱的とまでは言えませんでしたが、無駄のない考え方、自然と考え始められる行動力、試行錯誤の力などが相まって、考える力が非常に良く身についていました。そんなＳくんが、4年生の終わりに突然「公立中高一貫校の受検をしたい」と言い始めました。そう言われる覚悟をお母さんは常にもっていたそうで、そこからＳくんの受検が始まりました。
お母さんとは学期に一度は連絡していました。常に言っていたのは
「いつ火がつくのか、もうやきもきしますよ！」
ということ。家ではグータラしているし、とんでもない点数取ってくるし…。受験生の子を持つ多くのお母さんからよく聞くお話です。
しかし、Ｓくんのお母さんは一味違いました。
「先生、私もね、勉強を始めたんですよ」
と言い始めたのは、Ｓくんが5年生の秋頃でした。
「言っても聞かないから、背中を見せてやろう！って。そしたら資格勉強が楽しくなってきちゃって！隣に座って一緒に勉強するときもあって、結構楽しんでいます！というか楽しんでいないとやっていけないです！」
Ｓくんが6年生になるころには、資格試験に合格すると、今度は
「家にいると怒っちゃうから、仕事を始めて、あとダイエットも始めました！」
というタフさ。圧巻です。
2月10日月曜日。合格発表の日。何とか夜の8時ごろに電話をかけることができました。電話に出たお母さんは、
「先生、言いにくいんだけれど…Ｓは今仮眠をとっているんです。夜更かしのために。毎年大みそかは夜更かしＯＫの日にしているのですが、今年は受験でできなかったから『夜更かしチケット』を作ってあげたら、今日使うんだ！って言って、寝ちゃっているんです」
報告の前に、なんとユーモアあふれるエピソードなのか、と笑ってしまいました。
結果は、不合格でした。それでも、模試で全国14位になったとか、偏差値が50から60まで上がったとか、それだけ頑張ったのだからお母さんはお腹いっぱい。ご縁があったらお世話になろうよ、と話していたそうです。
「これは伝えないと！という話があって」
と話してくれました。
受検日、試験を終えて午後から学校に登校したそうです。受検をすると知っている子も知らない子もいるクラスのなかで、「どうしたの？」「どうだったの？」と聞かれて、彼は
「俺、合格したぜ！○○中学校に！」
と高らかに宣言したそうです。その○○中学校というのは、地元の公立中学校。どっと笑いが起きて、何言ってんだよ～と突っ込まれたのだとか。どうしてそんなこと言ったの？とお母さんに聞かれて、
「だってさ、もう不合格だよ、だめだったよ、っていう雰囲気だったらさ、みんな話しかけにくいじゃん。そういうのはいやだから、おもしろく返してやろうと思って」
と答えたそうです。
「受検に立ち向かうタフネスも、人に愛されるこのユーモアも、全部花まるのおかげです。アルゴでたくさん考えることをして、考えることがまったく苦にならなくなりました。先生が野外体験のレギュラーだなんていうから、こんなおもしろい子になりましたよ」
そう言っていただけました。
結果は不合格。でもＳくんも、Ｓくんのお母さんも、受検を終える前から充実感あふれていました。花まるグループでは、どんな結果でも前向きに終われる「幸せな受験」であることをとても重視しています。Ｓくんは、幸せな受検をやり切りました。私は、そのことが何よりもうれしく思います。
Ｓくんは、絶対に野外体験の高校生リーダーになる、ともう言っているそうです。魅力あふれる彼が、その魅力を子どもたちに振りまき幸せにする姿が、今から目に浮かびます。一番の幸せ者は、Ｓくんと出会えた私なのではと思うほど素敵な彼の成長を、これからも見守っていけることが楽しみでなりません。
花まる学習会 岡本祐樹（2020年）
＊・＊・＊花まる教室長コラム＊・＊・＊
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。
