【花まるコラム】『原風景~いま、子どもたちが見ているもの~』佐々木汐莉

【花まるコラム】『原風景~いま、子どもたちが見ているもの~』佐々木汐莉

 夏が終わろうとしていますね。灼熱の太陽の下、響き渡るセミの鳴き声を聞くと、思い出す光景があります。小学生の頃、夏は長野のおばあちゃんの家に帰るのが楽しみでした。その理由の一つが、山を切り開いてつくられたウォータースライダーの存在。何百段も続く階段を上っては、滑り落ちるのを全身で楽しんだものです。セミの鳴き声が響きわたるなか、山頂から見た景色、滑っている最中に見上げた木々の美しさは鮮明に記憶に残っています。セミの鳴き声を聞くと、なぜか思い出すのはそのときの風景。子どもの頃の記憶は、五感を通して覚えているものだなと感じます。

 先日のおやこクラスで、紙粘土であそぶ授業をしたときのこと。牛乳パックを細く切った台紙を使って、紙粘土の型を自由につくる時間をとりました。きょうだいで参加していた小学2年生のRちゃんが「この大きな丸い型は月なんだ」と教えてくれました。ただの丸ではなく、月という表現に彼女の感性が光っていました。「そういえば十五夜の日、お月さまがまんまるだったね!」そんな話題になりました。すると3歳のHちゃんがパッとこちらを見て、「このあいだ…ね! おつきみで…おだんごコロコロ…つくったの…!」と懸命に言葉を紡いで教えてくれたのです。様子を嬉しそうに見守っていたHちゃんのお母さんによると、初めて粉からおだんごをつくってみたということでした。「そっか~! おだんごを一からつくったんだね!」そう返すと、Hちゃんは満足そうに大きくうなずいたのでした。その後の紙粘土あそびでも、Hちゃんはまず渡された紙粘土をそのまま丸めて、低いテーブルの上でコロコロ…全体重をかけて大きなおだんごづくりに励んでいました。先日の家族との楽しい記憶とともに、この時間を過ごしているのかな…そう想いを馳せたのでした。

 楽しいと感じたことは勝手に探究し、世界を広げていく子どもたち。さまざまな経験を通して、「これ楽しい」「これ好き」の価値観がつくられていくようです。同じものを見ても感じ方や興味や探究の深さが違うのは、それぞれ過ごしてきた経験や見てきた景色が違うからでしょう。

 3歳になったわが子を見ても、感じることがありました。ある日、家族で江の島に出かけたときのこと。江ノ島シーキャンドルの屋外の展望台に出た瞬間、広がる小さな家々と海、オレンジ色の夕日に、おやこともに声を漏らして感動したことがありました。「きれいだね…」外の風を感じながらイスに座ってぼんやり景色を眺め、その時間を過ごしました。帰ってきたその日の夜、いつものように一人あそびを始めた息子は、突然エレベーターごっこを始めました。「10階です、13階です。外に出ました。きれいだねえ…」そのときの光景を思い出すかのように、つぶやいていたのでした。

 いま、ともに過ごしている時間が彼らの原風景となり、ものを見る視点となっていく。そう思うと、いま一緒に見ている景色や発見したことを大切にしたいなという気持ちが湧いてきます。

 彼らにとって、まわりからのまなざしやその時の空気感も、原風景の一つでしょう。先日おやこクラス終了後のあるお母さんの感想が印象的でした。「先生方の全肯定の雰囲気、とても居心地がよいです。娘も後半は声をたくさん出していて、ニコニコ楽しそうでした。」一人で子育てをしていると、おおらかな気持ちになれないときもあるでしょう。でも、みんなで集まってみんなで一人ひとりの子どもたちをじっくり見守っていると、子どもたちが意思をもってさまざまなチャレンジをし、心を動かして過ごしていることに気づくことがあります。そして「すごいね」「成長したね」といった言葉が飛び交う。さらに、大人も子どもも心と体を解放しあそぶなかで、気づきや発見を言葉や視線で表現しあう――おやこのやり取りが教室中に溢れていく。いま一緒に過ごす時間が本当に尊いものであり、彼らの原風景になっていくのだろうなと思います。だからこそ、今日もこの時間を大切にしたいと思うのでした。

花まる学習会  佐々木汐莉(2022年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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