【花まるコラム】『「失敗」と、わが子の失敗』柴健太

【花まるコラム】『「失敗」と、わが子の失敗』柴健太

 毎日のように子どもたちの前に立っていますが、子どもたちと過ごす日々に同じ日というものは一日たりともなく、子どものおもしろい発言や行動を見て聞いては笑い、試行錯誤することにまったく飽きることなく、気づけば教育の世界に身を置いて長い年月が経っていました。
 子どもたちを見ていて感動する瞬間は多々ありますが、やはり「わかった!」ときの表情や、これまでできなかったことができるようになった成長を見られることは、教育に携わるものとして大きな喜びであります。なかでも、『失敗』を味わい成長の糧にした瞬間を目にしたときの喜びは一段と大きいものです。

 寝坊した、宿題をやれなかった、テストの点数が思うようにとれなかった、友人関係でトラブルを起こした…『失敗』と捉えられることはたくさんありますが、「失敗は成功のもと」といわれる通り、それらはすべて成長の糧になります。ただ、そんなことは誰もがわかっていることで、目の前でわが子が失敗したときにそう思えるかは別問題ではないでしょうか。
 私も娘が産まれてから少しわかるようになってきました。乳児のためまだまわりとかかわることは少なく、失敗らしい失敗もしていませんが、寝るリズムが安定しなかったりぐずる日が多かったりすると「健やかに、自分らしく生きてほしい」と思う心の端のどこかで「“順調に”育ってほしい」という気持ちも少なからずあることを認識します。前者も後者も、どちらも本音です。
 親になってはじめて覚えたこの不安。「失敗した先が見える」私たちは、その先を子どもに歩かせていいものかと迷い、時に転ばぬ先の杖を出してしまうのでしょう。
 ただ、ここで父親とは別の視点、花まるの教室長という視点でこの物事をとらえると、「子どもは思っている以上にたくましいから、大丈夫!」「失敗させていい!」と断言できます。

 年長コースでは、思考実験に使う素材を切って準備してくる宿題があるのですが、ある日の授業でそれを忘れてきたRくん。報告しに来た彼に「どうする?」と聞くと、少し考えたあとに「自分で切ってやる」と決め、切りはじめました。事前に切ってきているまわりの子たちのペースからは遅れ、彼が進められたページはまわりの子の半分にも満たない量でした。それでも、約束したとおり自分の力で切り、そのピースを使っていたのでした。
 翌週も宿題があったので、授業後に「来週は何を持ってくればいいんだっけ?」と聞いてみました。すると私の目を見て真剣な表情を見せ「切って、くっつけてくる」と宣言。翌週は約束どおり宿題をやってきて、それ以降彼が宿題を忘れることはありませんでした。まさに、失敗を糧にして成長した事例だといえるでしょう。

 彼のようにいかずに何度も同じ失敗をする子もいます。私の幼少期がそうだったので、失敗を繰り返す子の気持ちはよくわかります。そのときの私の本音は「困っていないから大丈夫!」でした。母は「いつかできるようになるでしょう」と信じてくれていましたが、「宿題やったの?」「けじめをつけなさい!」と、当時はいろいろと叱られたものです。その言葉を右から左に聞き流していた私も、高学年になるとまわりの目が気になるようになってようやく困り、姉の取り組みを観察して「遊びの前に宿題をやる重要性」に気づいたのです。

 親が思っている以上に自分で何とかできる力を子どもたちはもっています。しかし、先が見えるからこそつい言いたくなり悩むのは親としてごく自然なことなのではないでしょうか。その気持ちは溢れ、抑えられないものでもあるからこそ、「どんな子も必ず伸びる」と確信をもって言いきれるだけの事例をもつ、第三者である私たちがいるのだと思っています。
 みなさまの不安を和らげられる存在でいられるよう、これからも教室での子どもたちの様子をお届けしていきます。

花まる学習会 柴健太(2022年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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